いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

お前に任せた!

あの試合、ベンチで出番を待つ僕は声が枯れそうになるまで声援を送っていた。

 

中学3年の夏、少年野球から含めて6年に及ぶ競技人生が終わりを告げた。

チームとしては初戦で敗退をするつもりはなかっただけに悔いの残る結果となった。3回戦くらいまでは「勝ち進めてもいい」そう思っていたからだ。

「勝ち進める」と確信できるだけの実力がチームにあったとは思えない。初戦の相手とは五分五分の実力だった。負けたこと自体は想定外の結果ではない。

根拠もなく程よい結末を思い描いていた故に、なんとなく予想外の結末に感じられてしまい、必要以上に悔いが大きくなってしまった。

 

僕が野球を始めたのは小学校3年のとき。地域の少年野球チームに加入をした。

各学年に子どもたちが揃っているチームではなく、5年と6年で10人ちょっといて、その下に僕を含めた3年生が10人いるだけの状況だった。

チームはとても弱く、練習試合に1勝するだけで夕方に再集合がかかる。勝利を記念してみんなで焼き肉を食べに行くためだ。そんなレベルのチームだった。

たとえそれがダブルヘッダーの2戦目で、相手チームがメンバーを完全に落としてきた(2軍もしくはそれ以下)ような状態だとしてもそれは変わらない。

全国大会を目指すような熱心なチームと方向性こそ違うけれど、僕の加入していたチームも勝利至上主義に違いなかった。

 

中学に上がると迷わず野球部に所属をした。

週末だけの活動とはいえ小学生の間に競技を齧っていたアドバンテージは大きかった。夏の大会後に3年生が抜けて1・2年生だけのチームになると、僕には背番号が与えられた。

キャッチャー、ファースト、サード、センター、レフト、ライト。

ポジションはコロコロと変わったけれど、常に試合に出られる立場にはいられた。

 

転機となったのは2年のときのある練習試合のこと。サードでスタメン出場をした僕は、初回に2つ、2回に1つ、合計3つのエラーをした。全てが一塁への悪送球だった。

打席に立つことなく交代を告げられ、それ以降は公式戦・練習試合を問わず僕は試合に出場する機会をほとんど与えられなくなった。

 

3年の春、顧問の先生が変わった。冷遇とはさよならだ、そう思ったが状況はあまり上向かなかった。練習試合には時々出場することが出来るようになったけれど、そのほとんどがダブルヘッダーの2試合目だった(レギュラーメンバー同士の試合は基本的に1試合目だ)。

新顧問から見ても「レギュラーメンバーと入れ替えるほどではない」実力だったのだ。

 

前顧問の僕に対する態度は、冷遇ではなく妥当な評価だった。「一生スタメンに戻してやらないからな」という意地の悪いものではなく、「外してみたら戻すとこなかったんだよね」という極めて素直な態度だったのだ。

一回外したらもう二度とはまらないパーツってあるよね。

 

中学最後の大会、僕はベンチ入りメンバーに名を連ねた。レギュラーメンバーが3人くらい怪我をすれば出番がある、それくらいの立場だった。

グラウンドに立つことはなくとも、ベンチからの声援で試合に参加する。攻撃のときも守備のときも大きな声で味方を鼓舞し続けた。当時の心境は「俺も一緒に戦っているぞ」だった。

 

試合は劣勢だった。ランナーを出しても後一本が出ないこちらに対して、相手チームはチャンスをものにしていく。じりじりと点差は広がり焦りが募っていく。

「諦めるなよ」「まだまだ逆転できるって」僕はベンチから味方を鼓舞し続けた。 回が進むほどに声は掠れ水気を失っていった。

 

3年間を共に過ごしたこの仲間と少しでも長く野球をしていたい。まだまだ終わりにしたくはない。声を振り絞り声援を送り続ける。

1アウト、2アウト。ランナーを出すことが出来ないままアウトが積み重なっていく。

あとアウト1つで試合が終わってしまう、そのタイミングで顧問が動いた。主審のもとに歩み寄り、代打を告げた。

 

 バッターボックスに足を踏み入れる。

相手投手と対面をして強く願う。「見逃し三振だけは絶対に避けたい」

ヒットを打つイメージは全くなかったが、とにかく振ろうと思っていた。振らずに終わったら格好がつかない。

 

金属バットの甲高い音、一塁を目指して懸命に走る僕、頭の高さで拳を握る審判。

両チームの選手がベンチから出てきて整列をする。相手チームの勝利が告げられ、互いに礼。 

試合が終わり、3年間の部活動も終わった。

最後のバッターは僕で、ぼてぼてのピッチャーゴロだった。

土汚れのないきれいなユニフォームのままグラウンドをあとにする。「ヘッドスライディング」しなかったなぁ…と思った。 

 

球場の外で荷物をまとめながら、頭の中では打席に向かう直前に顧問からかけられた言葉を反芻していた。

「お前に任せたぞ」

…あれってどういう意味だったんだろう?

任せられないから補欠なんじゃないの?

切り札になる打力があればスタメンで出場できるチームレベルだと思うけど…。

自分で言うのもなんだが、代打を出さないほうがまだヒットの可能性はあった。可能性の低い方に賭けたのは何故?

 

立ち上がりエナメルのバッグを肩に掛ける。顔を上げるとすぐ側にエースの姿があった。

目は赤く腫れ、頬には涙の伝った跡がある。

ふいにこちらを向いたエースと目が合い、焦る。泣いていないことに罪悪感を感じた。

足並みを揃えるためにもすぐに泣かなくては。そう思ったけれど無理だった。

ぎゅっと目に力を入れたり悲しい方に感情を高めたり、涙にその気があればいくらでもサポートするつもりでいたけれど、全く出てこなかった。

涙の方は、源泉が枯れていたのだ。