いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

大豆はセーフで、豆乳はアウト

久しぶりに食べられないものを見つけた。高校3年の時に山芋アレルギーだと気付いて以来の発見。

 

好き嫌いも食わず嫌いも多いので、見つからないのは当然。

部屋でゴロゴロしているだけだったら、コロンブスだって新大陸を発見していない。未知との遭遇は、行動が引き寄せるものなのだ。

 

糖質制限中に低糖質の食べものを新規開拓している中で、それは見つかった。

 

豆乳がダメだった。

 

無調整の豆乳を飲んだら、ぎゅーっと腹が締め上げられ、一気に気分が悪くなった。吐いたのは随分と久しぶりのことだった。

 

豆腐は食べてもなんともない。だったら大豆アレルギーってことはないはず。
豆乳は大豆と別って可能性ある?と思い調べてみたら、まさにその可能性だった。大豆は大丈夫でも豆乳はダメってことがあるらしい。

 

豆乳を花粉症持ちの人が摂取すると、口腔アレルギー症候群というものを発症することがあるそうだ。

 

僕は豆乳の他にも、いくつか食物アレルギーがある。
軽いものはイチゴにナス、バナナ。この3つは食べると喉がイガイガして痒くなる。一口食べる程度なら問題ないが、これがメインのデザートだったり料理だったりすると、もはや神頼み。強い反応が出ませんように、と。

 

年明けに親戚の家にお邪魔した時はほとほと困った。わざわざデパートへ行って高価なイチゴを用意してくれていたのだ。
年に1回会うだけの関係だけど、だからこそこの気遣いを無碍にできない。

 

嬉しそうな顔をして一つ食べる。

すごい、甘い!と感嘆をしながら、大粒であることが憎くて仕方がない。ソワッソワしていた。喉がイガイガしてこないことを祈った。

 

人生には大きな分岐点がある。

 

僕はこの後1時間程度のお喋りをした後に、アラサーであることから両目をそらし、ぎゅっと瞼を閉じ、お小遣いをもらう。
基本的にはそのようになるはずで、例年通りであればその金額は1〜2万円。お年寄りとちょいとお話しするだけでバイト2日超の報酬を手にすることになる。

 

私らはもういいから残りはお食べ。

そう言ってイチゴを乗せた皿を僕の方へ寄せる。

 

残りは4つ。一つ食べてから5分以上が経過している。喉に異常はなく、他の部分でも不調は感じられない。

 

僕ばっかり悪いよ、は通用しない。お食べと言われて断ると、その後ずっとテーブルの上に放置されることになり、気まずい。経験から学んでいる。


人数が多いときはいずれ誰かが手をつけるけれど、この日は若手が僕しかいない。他に選択肢はないだろう。


僕は腹を決めてイチゴを食べる。金に目が眩んでの行動とはいえ、それはある種のサービス精神でもある。

小遣いは、もてなし側を満足させようと身を削る、僕に対する報酬でもあるのだ。報酬に見合う働きをすべくイチゴを食べたとも言える。

 

もう少し重い症状の出る食べ物もある。それは山芋とキウイだ。
実家でお好み焼きを食べるたびに、食後喉のイガイガと少しの気持ち悪さに襲われていた。た

だ、それが生地に練りこんだ山芋が原因だとは思ってもいなかった。

 

自分は山芋がアレルギーだと気がついたのは、高校3年の時。背伸びをして、とろろ蕎麦を食べた時だった。


大人になり損ねた僕はふらつく足でトイレ向かい、蹲って吐き気がやって来るのを待っていた。今の僕が立派な大人になれていないのは、この時の大人の階段一歩目での躓きが原因なんじゃないのか?

都合のいい言い訳として採用しようかしら。

 

同じようなヌメヌメ芋の里芋は平気だったから、全く気がついていなかった。
この日トイレでゲーゲーしながら、あぁ、だからお好み焼きの日にいつも気分が悪くなっていたのか、と腑に落ちる。吐き切って空っぽの腑にストン、と。

 

キウイはもう最初からダメだと気がついた。食べてすぐに喉がイガイガ痒くなって、腹がぎゅーっと絞り上げられるようになる。
タイムラグなしで気持ち悪くなり、吐き気がやって来る。

 

キウイを食べる習慣が実家ではなかったので、小学校の給食で食べるまで、自分がキウイに対してアレルギーを持っていることを知らなかった。
給食で出されたキウイを食べて、1発KO。午後の授業は保健室のベッドの上で過ごした。

 

僕の小学生当時、世の中の認識がどうだったのかわからないけど、どの学年の時も先生は給食を残すことを許さなかった。


先生は午後の授業が始まるまで食堂に張り付き、生徒は観念して食べるか、食べることを放棄する代わりに昼休みを犠牲にするかを選ぶしかなかった。

 

食べたくないし、昼休みを犠牲にしたくない生徒は、友達にあげたり、デザートを差し出す代わりに食べてもらったりしていた。

 

ヨーグルトに和えられたフルーツの一つとしてキウイが出てくるときは交渉が簡単だった。デザートの無償提供のようなもので、拒否する友達はいなかった。

 

しかし、半分にカットされただけのキウイが出たときは、ちっとも引き受け先が見つからない。


一応デザートの扱いで出てきているから、他に差し出すものがないのだ。掃除当番を変わるとか、宿題を代わりにやってやるとか交渉のカードは切れるだけ切るけれど、なかなか上手くまとまらない。

 

年に2〜3回、先生と2人で食堂に残り、睨み合う展開が訪れる。僕がキウイを睨み、先生が僕を睨む。

 

食物連鎖では、1番外側の狩人が1番強い力を持っている。キウイの外側に僕がいて、僕の外側に先生がいる。
今の時代であれば、さらに外側に保護者やネットの目が光っているのだろうが、当時は先生が大外。最強の狩人。

 

逃げ切れないことが3回あり、3回とも食べ切って食堂を出た後は保健室に直行した。昼休みはもちろん、午後の授業もベッドの中で過ごす。

 

今の世の中なら、問題にされるだろう。気持ち悪くなる、と伝えているのに、食べ終わるまで許してもらえなかったのだから。

 

先生は、僕に好き嫌いが多いことを知っていたから、食べないで済ませるための嘘って考えたのかもしれない。日頃の行いの悪さで救われなかったってわけだ。

 

僕が当時の先生の立場だったとしても、嘘ばっかついてないで、早く食えよ。こっちも昼休み無くなってんだぞ!って思うもんな。

 

キウイを食べると気持ち悪くなる、と親に話してあったけど、あらー、あー、そう…みたいな感じで重大事項として扱われていなかった。
今思えば、親も食物アレルギーを大した問題とは判断していなかったんだろう。

 

先生のさらに外側に立ち、最強の狩人として君臨するはずの親で、この体たらくなのだ。
無事で何よりだった、と思うしかあるまい。