いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

私に届かないで

調子がおかしいな。

様子がおかしいな。

 

そう思ったとき、とりあえずインターネットで検索をしてしまう。 自分の状態をキーワードとして入力し、検索をかける。

 

インターネットで自分の症状がどんな病気なのかを調べると、ものすごく不安になる。

 

風邪だと思うけど一応・・・くらいの気持ちで調べると、多数の風邪の検索結果に混じって聞き馴染みのない病名が出てくる。

 

馴染みのない病名についてこれ以上の関わりを持つべきかどうか迷う。その病気のことを詳しく知っていいのだろうか?

 

聞き馴染みのない病気が風邪よりも軽い症状だとは思えない。だとすれば風邪よりもメジャーなはずだ。

 

風邪とよく似た症状なので受診しない人が多いのですが、そのまま放っておくと大変なことに・・・。

 

そういう怖いやつなんじゃないの?

 

インターネットで調べることのデメリットがこれだ。

もしかして、で出てくる聞き馴染みのない病名。 病院に行く手間とのトレードオフと考えるしかないんだけど、なんかなぁ・・・。

 

可能性の存在を認めると、無視できなくなる。疑わずにはいられなくなる。

 

彼氏が浮気している可能性を認めてしまうと、彼氏と浮気とを結びつける要因を探すようになる。

 

彼は浮気をしていない。

私は彼の浮気を疑っていない。

 

存在を認めて、その後に無視したり否定したりするようになる。その存在に気がつく前とは明らかに質が異なる。

 

病院に行きたくない。

だからインターネットで検索をする。

 

風邪ですよね?

風邪ってことですよね?

風邪ってことにしていいですか?

 

検索をするのは救いを求めているから。

 

自分の理解の範囲内に収めたい。自分で対処できる範囲内に収めたい。聞き馴染みのない病名の可能性になんて思い当たりたくもない。

 

病院に行くと、プロである医者から診断を下される。希望通りの診断をしてくれるとは限らない。全額自己負担で受診しても、希望通りの病名を手に入れることはできない。そういう仕事じゃないから、先生方は。

 

早期発見は必ずしも幸運ではない。

医学的な見地からは幸運なのかもしれないけれど、僕にとっては少なからずの不運でもある。

診断を聞けば、ただの風邪の人としては振る舞えなくなる。 不安を和らげるような言葉をかけてもらえるのだとしても。

 

僕は思い込みが強い方なので、可能な限り病名を知りたくないのだ。

 

病名を知ったらその病気の人になってしまう。

その病気の症状を全うしてしまう。

 

風邪と思ってやり過ごせるのなら、出来る限り風邪の人として過ごし続けたい。

せめて過ごし方を知っている病気の患者として過ごしていきたいのだ。

 

だって怖いじゃないですか。患者の「患」の字。

この漢字を決めた人が恨めしい。

 

看護の「看」は手と目で護るみたいな温かみのある漢字を当てているのに、患者の「患」には温かみが感じられない。

 

巨大な槍が分厚い防御壁を2枚貫いて、心に突き刺さろうとしているように見える。 ギリギリ刺さってはないけれど、ぱらぱらぱらって天井から破片が落ちてくる。槍の先端はもう目と鼻の先。

とてもじゃないけど間一髪のところで守られたなんて思えない。

 

だからこそ、過ごし方のわかる風邪の患者として過ごしていたいのだ。決して刺さりはしないという安心感に包まれていたい。

願うのは、その槍が私に届かないことだ。