いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

タトゥーにまみれる

まみれていた。

海外のサッカー選手並みにまみれていた。スポーツ中継以外で見た時に、健全な人と判断するのが難しいくらいにまみれていた。

 

まだまだ日本人の普通にはなっていない。最近はワンポイントくらいなら普通になって来たけれど、僕はまだまだ抵抗がある。

 

見かけただけで気をつけよう、ってなる。たとえワンポイントだとしても。

運転中にパトカーが視界に入った時の感覚。自分が接点を持つ理由などないのに身構えてしまう。

 

その人はもう、まみれていた。

タトゥーにまみれていた。

 

タトゥーが入っている部分よりも、無地の部分の方が少ないぐらいだった。それは目の錯覚で、ちゃんと比率を分析したら7:3程度かもしれない。

 

親父の横分け程度の7:3。無理して横分けしている親父の8:2。

 

その程度かもしれないけれど、少なからず半袖のピタピタTシャツ(寒くなって来たというのに)から伸びる太い腕に彫られたタトゥーはインパクト込みで7:3の7がタトゥーに見える。

 

巻きついている。甲子園の外壁の蔦くらいに。大蛇のような迫力でもって。

 

バイト先でちょくちょく見かけるその人は、他人を警戒させる。指にちょろっとワンポイント入っているだけでもびびってしまうというのに、巻きついた大蛇がそのまま張り付いたような迫力のタトゥーなのだ。

 

僕のイメージの中で、タトゥーと暴力が結びついている。ワンポイントだとしても怖い。大粒のダイヤモンドが胸元できらりと輝いていたら、この人お金持ちなんだろうな、と思うのと原理は同じ。力の象徴。

 

ワンポイントでも怖いのに、このひとは全身。タトゥーを入れているというよりも、かろうじて地肌が残っているみたいな感じ(錯覚だろうけど、迫力がそう錯覚させる)。

 

こんな都会にまだ人間の手が入っていない自然豊かな場所があったんですね!

タレントなのか新人アナウンサーなのかわからない美人がレポートしてくれるでしょう。

 

なんならタトゥーがなくても怖い。ものすごく体格がいい。しかも、スポーツで大きくした体じゃなくて、ナチュラルに大きい体だから尚更。

僕がびびっているからそう感じるだけかもしれないけど。

 

悔しいやら、ほっとするやら、客としての態度はとてもいい。

 

店員を呼ぶ時の、注文いいですか?の言い方は柔らかい。取り皿もらっていいですか?の言い方も上から目線でない。

帰るときには、ごちそうさまです、と一言挨拶がある。

 

見た目が見た目なだけに、接客していて感じる態度の良さがうまく整理できない。

 

僕は常々、受け手にとって善なら偽善も善だと思っている。影響力のある人が何か良い事をした時、偽善だろ、売名だろ、って叩かれる意味がわからない。

相手が喜んでいるなら、偽善だろうが売名だろうが善でしかない。

 

態度がいいお客さん、でしかない。

事実、態度がいいのだから。

 

わかっていて行動しているのだろうか?自分の見た目がこうだから、こうやった方がうまくいくぞ、得しやすいぞって。

これまでの経験と実績をもとに、自分の見た目で気分良く生活するためにはこの立ち振る舞いが一番効果的だ、って。

 

それとも、見た目で偏見を持たれやすいから意地でも気さくに振る舞おう、礼儀正しく振る舞おう、ってこと?

 

単純に気さくで礼儀正しい子が、たまたまあの見た目・ああいう好み、だっただけ?

1番認めたくないパターン。だとしたら1番悔しいパターン。

 

 

不思議なものだ。

ナチュラルであの振る舞いだと考えたら、せめて計算であってくれ、と思い始める。

見え隠れするずる賢さを残しておいてくれよ、と。

 

見た目関係なしに態度がいいお客さんの方がいい。見た目関係ありでも態度いい方が接客しやすい。

それなのに態度の良さを疑おうとする。裏にある(と決めつけて)何かを探そうとする。

 

なんでだろう?