いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

想像力の死角

好みの変化に気がつくと、なんだかしみじみとする。

大人になったというか、歳をとったというか、たしかに月日は流れているのだな、と実感する。多くの月日が流れてしまったのだな、と大学を卒業してからは特に。

 

頭皮の毛穴は空室率が増加している。新進のベンチャー企業のような前年比増。悩みはするけれど、仕方がない。

築28年の木造アパートだもの。家賃の値下げをしたくらいでは入居者は集まらない。敷金礼金をなしにしたときですら申し込みがほとんど増えなかったのだ。目先の10数万円につられる人がいなければ、月々の数千円につられる人はさらに少ない。

 

夜型の生活に食生活の偏り、運動不足。それに加えて人間関係の消滅。

明日への活力がどこから湧いてくるというだ!

希望の光が小さすぎて見えない!

ハズキルーペをかけて見たって結果は同じ。世界はちっとも変わらない。

 

仕方がない。仕方がないのよ。諦めは希望の持ち方の1つだから。

 

ネガティブな方向での変化ばかり。大学を卒業した後に自身に生じた変化はネガティブなものばかり。

 

だけど1つだけネガティブではない変化があった。服の好みが変わった事だけは悪くない。これについてだけは大学を卒業してからの方が良い状態になっている。

 

ジーンズにネルシャツ。足元はワークブーツ。

大学を卒業するまでの僕にとって、おしゃれはこれで全てだった。自分が着ても違和感がない格好の中で1番洒落ているのがこの組み合わせだった。

 

こんな感じで着たらいいのかな、ってことは、深夜に放送されていたさまぁ〜ず×さまぁ〜ずを見て覚えた。一時期トークよりも服装を楽しみにしていたくらいだ。おしゃれに興味を持った最初の経験。

 

ジャケットや細身のパンツに全くピンときていなかった僕にとって、太いジーンズにブーツのカジュアルな格好はピンとくる唯一のスタイルだった。

 

少しずつ、少しずつ好みは変わる。

 

ゴリゴリならゴリゴリなほど良いと思っていたワークブーツは、ある程度しゅっとしている方が好みになった。ジーンズだけでなくチノパンを履くようになったし、細身のパンツも履くようになった(スキニーは苦手。あくまでも細身)。

どカジュアルよりも、カジュアルの中で綺麗にまとまっている方が今は好き(フリーターとして生活していることの劣等感が転じて。いかにも金持ってなさそう・ろくでもない人生送っていそう、と思われたくない気持ちが転じて。それでちゃんとして見える格好を好み出した、とする一説が自分の中にある。それは否定しない。全然否定できない)。

 

分岐点になったのは、一昨年デニムジャケットを買ったことだ。ジャケット、と名がつくものを買った初めての経験。

デニムジャケットを買って以降、僕は着るものの幅を少しずつ広げていった。着てみたいと思う服の幅が少しずつ広がっていった。

 

初めてデニムジャケットを来た自分を鏡で見たとき、変ではないと思った。似合っているのかどうかはわからないが、それを来たまま外出しちゃダメだよ、とまでは思わなかった。

 

デニムジャケットの次にカバーオールを買い、さらにそこから次は何を買おうか、と考えていた頃に自分の中に生じたある変化に気がつく。

 

なんか違うな、と感じるようになった。

クローゼットの中にある服を見て、服そのものは変わらず格好良いと思うのだが、着た時にしっくりこなくなった。

なんか違う。こういうんじゃない気がするんだよな…。

 

欲しいもの、気になっているものをネット検索するとほぼ確実に個人のブログに行き着く。ブログの中では製品の薀蓄や購入の決め手、着用感などが書かれている。

そして多くの場合には本人の着用画像も掲載されている。

 

8頭身9頭身の外国人モデルが着ているとちょーカッコいい。ショップ店員が着ていてもだいたいカッコいい。

だけど、ふつうのアメカジ好きのおじさんが着ているとなんか違う。

 

「外国人モデル」とか「ショップ店員」とか、アメカジのコテコテ感を中和させるような要素が「アメカジ好きのおじさん」の中には配合されていない。

 

極端なものを「有り」にしてしまう何かを僕は外国人モデルやショップ店員に(勝手に)見出している。それは幻想のようなものかもしれない。だけど、ある。少なくとも僕の中にはある。そして、アメカジ好きのおじさんには見出せない。

アメカジ好きのおじさんが極端なものを「有り」にすることはない。極端なまま似合っていたり、似合っていなかったりするだけだ。

 

今まで好んでいたものが、実は大したことなかったとか、私は本物を知ってしまったとかではない。アメカジがダサいとかいう話でもない。

未だに好きだし、格好いいと思っている。

 

自分の好みに変化が生じたこと。自分にはアメカジのコテコテ感を中和する何かが備わっていないこと。

この2点に気がついただけだ。

 

なんか違うんだよな…と自分が着る姿にもやもやを感じていた頃に、今お世話になっている(一方的に。勝手に見つけて勝手に気に入っている)メーカーと出会った。

このメーカーの服は、今まで自分が好んでいたものと地続きでいて(私の勝手な解釈)すんなりと入っていけたけど、コテコテ感からは遠い(私の勝手な解釈②)。

何がどうとは言えないのだが(私の乏しい知識とセンス)、自分が着てもしっくりとくる(私の勝手な解釈③)、というのがその証明だと思う。

 

今年、初めてコートを買った(そのメーカーの)。

コートだよ、コート。膝まで丈がある!

歩いていて、コートの裾が膝にバスバス当たることがものすごく新鮮。中学の時に部活のエナメルバックを膝で蹴りながら歩いた帰り道以来の感覚(エピソード1つで選手としての程度がわかってしまいますね)。

 

何度か着て出かけてみたけれど、電車に乗る度に、普通に座っていいのかな?と不安になる。

尻に敷かないようにたくし上げて座っている人を見かけないし、逆にダメな理由ってなんですか?って言われても困って苦笑するしかないんだけど、コートの裾だと思うと本当にいいのかな?と不安になる(そして一文がだらだらと長くなる)。

 

今1番の悩みは、コートを着たまま小便器を利用してもいいのか、ということ。

 

絶対跳ね返るよね。返りションを浴びてしまうよね。洗っても落ちない成分がなんちゃら反応で引っかかって、それが逮捕の決め手になっちゃうよね?

 

腰丈のアウターしか着たことのないかつての自分には、全く想像もできなかった悩み。経験が与えた気付きに感謝をしたい。

 

経験の少なさは想像力に死角を残す。

 

それっぽい言葉が出たところで、そろそろ…。

私の今の気持ちはただ一つ。

 

話の終わらせ方が見えない!

 

ハズキルーペをかけて頭から読み返してみたって結果は同じ。世界はちっとも変わらない。