いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

たまには気合いを入れてお掃除を

毎日少しずつ。それがなかなかできないんだよなぁ。

 

相田みつをのカレンダーでこんなんを見た記憶がある。正確ではないけれど、こんなんがあったことは間違いない。

 

毎日少しずつ。

 

それができていたらこっち側の人生を送っていないだろう。

毎日少しずつ。

それが本当に難しいのだ。

 

毎日少しずつ、運動をする、糖質を減らす。たったそれだけで健康体は手に入る。体調は良くなるし、医者の世話にならないで済む。

しかし、なかなかそれができない。たったそれだけのことがなかなかできない。

 

僕は掃除ができない。

数ヶ月に一度くらいのペースで気合いを入れて掃除をするからゴミ屋敷にはなっていないけれど、一年の大半は部屋の中が散らかっている。

 

毎日掃除をすれば、さっと一拭きで綺麗になることは理解しているのだが、それはなんというか、 腰が上がらない。

腰をあげるほどのことではないような気もしている。

 

毎日の掃除は、気合いを入れた掃除とは違う。汚い→綺麗、が気合いを入れた掃除。〇〇→綺麗、が毎日の掃除。

 

汚い、ではない。〇〇は汚いでも綺麗でもない。

汚れている、ほど明確なものでもない。

 

汚れて「は」いる。

 

まさにこの状態。綺麗とは言わないし、汚いとは言わないし、汚れているって言いきるには綺麗を否定しきれないし。

あれですよね、うるせーぞ、ババア!って腹立てながらも、若い時はモテていたんだろうな…って頭の片隅に少しよぎるあの感覚に近い。時空を超えて違う形で出会って入れば、私とあなたはもしかして…。

 

汚れてはいる、程度では腰が上がらない。汚れている、から気持ちの準備に入る(ここではまだ動き出せない私)。

汚い、になったところでいざ出陣。気合いを入れて掃除を始める。

 

毎日ちゃんとやっている掃除なんてないかもしれない。

クイックルワイパーだけはほぼ毎日やっているけれど、部屋の隅々までワイパーすることは滅多にない。ちゃんとやるのはメインエリアだけだ。

6畳の1Rでメインもサブもあるか!と思った方は富裕層。6畳の中でも毎日綺麗にしておきたいエリアとたまに掃除するだけで十分なエリアとがある。

それが独身の一人暮らしというもの。

 

洗濯は干すスペースの関係で2日に1回はするけれど、食器はため込んでしまう。シンクにじゃんじゃん。

洗うのは、コップか皿が足りなくなってから(箸だと割り箸があるから踏ん切りがつかない)。

 

風呂も、ユニットバスだしシャワーだけだし、と思うとなかなか…。重い腰はさらに重心を低くして、起き上がることを拒みはじめる。週に1回ちゃんと洗えばいいや、になってしまう。

 

こうやって書き出してみると、水回りがとても不衛生。他人の部屋の話だったら引いてしまうし、安いビジネスホテルだとしてもちゃんとしろよ!と腹立たしい。

 

他人も使うならとっくに掃除している。自分だけしか使わないから平気な状態。正直言って、平気ではないけど無理ではないからギリセーフ、みたいな感覚になっている。

自分の中のアウトとセーフの境界線が数年前と今とでは違ってきている。

 

ギリセーフの判定を繰り返し、掃除を先送りすることを続けているうちに少しずつセーフが広がってきた。

少しずつ少しずつセーフに押しやられアウトが狭まってきている。

 

かつてのアウトが今ではセーフ。我が住まいの規制緩和。

規制緩和がうまくいかないことが多いのは政治・経済も部屋の掃除も同じこと(聞いたことある言葉を並べたそれっぽい感想)。緩和する前の制度に上手く適応できていなかった人が台頭する環境ってことは、出てきたその人はすでに上手く適応していた人よりもリスクをはらんでいる確率が高い。

 

気合いを入れた掃除をする時には、押入れから掃除機を引っ張り出す。今日の掃除には掃除機が必要不可欠だった。

久し振りに空気清浄機のフィルターを掃除しようと思っていた。

 

フィルターの掃除をするために、空気清浄機の蓋を開ける。紙製のフィルターに付着したホコリを掃除機で吸引する。

気合いを入れた掃除と言ってもやるのはその程度のことだ。

 

目の前には雪景色がどこまでも続いている。まだ誰も足を踏み入れていない雪道に、右足をのせる。

右足はイメージよりも深く沈んだ。昨夜の雪は降った、ではなく、降り積もった、であることを実感する。次に踏み出す左足は、すでにわくわくを抑えられずにいる。

 

雪がほとんど降らない地域に育った僕は、こういう状況に憧れがある(真っ白な雪だるまを地元に降る雪では作ることができなかった)。着地した足が雪に深く沈むことは一つの憧れだ。

どこでもドアを使えたら、開けた先に広がっていてほしい景色の一つ。

 

空気清浄機の蓋を開けると、憧れのシチュエーションとほぼ同じ景色が広がっていた。口が悪くて精度の低いコンピュータの画像解析なら、ドイナカノユキゲシキデスネ、と判定されそうな仕上がり。

フィルターには隙間なくホコリが付着していた。いや、積もっていた(垂直に)。

 

今使っている空気清浄機を買ったの今年の3月くらい。日中は暖かくなってきたけど、朝晩はまだダウンジャケットが手放せない、そんな季節。

 

使用して8ヶ月…9ヶ月…くらい。使用前のセッティング以来の顔合わせ。2度目まして。

ほぼ初対面、距離感もつかみかねている間柄での今回の再会。

 

初めて会った時よりも随分とお顔が違うようだけど、いじっていいのやら悪いのやら(どう見ても目と鼻をいじっているんだけど、それを話題にしていいのやら悪いのやら)。

 

降り積もった(付着し積み上がった)ホコリを見て、息を止めた。間違っても息を吹きかけてはいけないと思った。

綿毛を飛ばして遊んだ小学生の頃を思い出す。そして、目の前の白いこいつが吹き飛ぶことを想像してじわっと嫌な汗をかく。

こいつは飛ばしてはダメだ!

 

吸引力を最大にして一気に吸い込む。掃除機から出る排気が汚くとも、目の前からホコリが消えることの方が重要なのだ。

 

掃除を終えてふと思う。空気清浄機の吐き出していた空気は綺麗だったのだろうか?

あのフィルターは何かを濾過出来る状態だったのだろうか?