いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

押し付けられた正義にもやもや

一体何があったのだろうか?

 

20分前、おじさんは煙草を買いに来た。キャスターの3ミリ(当時はまだ400円くらいだった)を2箱。1,000円を差し出される。

手のジェスチャーでレシートを拒み(2度、3度と。こちらの根負け)お釣りを直接ポケットに突っ込んで帰っていった。

 

品出しをしていた僕にお客さんに一人が声を掛けてきた。

「あの、新聞を立ち読みしているお客さんが…」

 

さっきタバコを買いに来たおじさんが頭頂部を血まみれにして帰ってきた。

白髪の貴婦人が部分的に派手な色に染めている感じ。あれのリアル・ブラッドカラー。

 

頭頂部から始まり、後頭部、首筋、ワイシャツの襟と血で染まっている。現在進行形で流れ出ているようには見えないが、まだまだ乾いているようにも見えない。

おじさんは熱心にスポーツ新聞を立ち読みしている。

 

後に防犯カメラの映像をチェックしてわかったのだが、おじさんは退店から10分程度で店に戻って来て、そのあとはずっとスポーツ新聞を立ち読みしていた。

熟読。カメラの映像を見ながら、おじさんの状況を理解した上で、買えよ!と思った。煙草2箱買ったのに、スポーツ新聞はそれだけの熱量で読んでいて買わないの?

 

防犯カメラの映像によると、僕が声をかける前に2人のお客さんが気付いて声かけをしていた。

会話の内容までは分からなかったが、どちらに話しかけられた時も受け答えの様子は普通だった。頭頂部の出血についての自覚はありそうだった。

 

2人目のお客さんが僕におじさんのことを伝えてくれた。僕は声をかけに行った。

 

おじさんは自動ドアを無理矢理開閉させていた。無理な力をかけるとドアは自動での開閉をしなくなる。この時に初めて知った。

 

おじさんの振る舞いになんだかカチンと来た(カチンと来たらいけないのだろうが)。順序は逆だが、一旦おじさんに退いてもらい、自動ドアの再稼働を先に行った。

 

「救急車を呼びましょうか?」

 

僕は尋ねた。

 

「呼ばなくていい。」

 

そう言い、おじさんは自動ドアの前に戻る。さっきみたいに自動ドアを無理矢理開閉させる。

 

このおじさんはちょくちょく店に来る人で、いつも目がバッキバキの異様な人なので、今の状態がおかしいのかどうか(行動自体はおかしいけど)判断が難しい。

 

「あの、血がすごく出ているみたいですし、電話もお店のものを使って連絡をするので…」

 

もしかして携帯電話を今持っていないから、とか、電話代を払うのがどうしても嫌だ、とかの可能性があるのかと思って提案をしたが、ダメ。

 

「呼ばなくていい。」

 

その1点ばり。無理な力がかかり、ドアは自動での開閉をしなくなったが、入店音は鳴り続ける。

ちょっと音うるさいから、おじさん退いてよ、と思う。

 

何度か救急車の提案をするが、全て断られる。僕はもう、それならそれで…と思っていた。

 

とりあえず店から出ていって貰えれば…と気持ちが傾いてきた頃、僕におじさんのことを伝えてくれたお客さんが口を開いた(僕がおじさんとやり取りをする間、ずっとすぐそばにいた)。

 

「救急車を呼ぶべきです。」

 

真っ直ぐと僕の目を見て、言う。

 

「救急車を呼ぶべきです。」

 

もう一度。

明らかに僕が電話をかけるのを待っている。

 

自分で電話をすればいいのにな、と思った。そんなに言うならあなたが救急車を呼んだらいいのに、と。

 

自分の軽薄さというか、無責任さというか、そういう人として冷たい部分を自覚しつつも、何で僕なのだろう?と思ってしまった。

 

あなたではなく、僕が電話を掛けるべきなのは何故だろう?

僕でなくてはいけないのだろうか?

 

仕方なく(もちろんおじさんのことは心配)救急車を呼ぶために1・1・9をする。初めての経験。

おじさんから目が離せないので、事務所の親機ではなく、売り場の子機で電話をかけた。

 

電話口で店の住所を聞かれ、焦る。そういえば住所を知らなかった。しかもこの日はワンオペで、誰にも聞くことができない。大学生の僕にはワンオペだけで手一杯だった。検索するとか、店長に聞くとかを全く思いつかなかった。

 

最寄駅を伝え、駅前店からもうちょい離れたところにある〇〇店です、とできる限りのことを喋った。

やっと店の場所を把握してもらったところで問題が発生。おじさんが店から出て行ってしまった。カゴから文鳥が逃げ出した、の感覚。

 

いや、ちょっと、あのー、と声をかける僕の言葉に聞く耳を持たず、振り向きもせず、どんどんと店から遠ざかっていく。

小さくなり、闇に紛れ、おじさんは姿を消した。

 

そして一人残された僕は、状況を説明し、電話の向こうの方に謝罪をしてレジに戻る。

レジ待ちしていたお客さんが怒らなかったことが唯一の救い。

 

電話の途中でいなくなったことには気づいていたが、店内にその姿を見つけると、ものすごくもやもやする。

僕に電話をかけるよう強く促したお客さんは、普通に買い物をしている。僕に全てを託して(正直な気持ちでいえば、押し付けて、だ)買い物をしている。

 

救急車を呼ぶべきです、と言ったときのあの強さはなんだったのか。自身の正義を僕に押し付けた後の、あまりにもあっさりとした態度はなんなんだ?

レジに来たそのお客さんには、聞かれたことに対しての必要最低限の答えしか返さなかった。

 

あの日からもう7年以上が経つけれど、いまだにすっきりしない。

あの時たまたま従業員だった僕は救急車を呼んで当然で、あの時たまたまお客さんだったあの人はそれが当然ではなかった。

 

あの人が救急車を呼ぶ側ではなかったのはなぜだろう。

僕が呼ぶ側だったのはなぜだろう。

 

あのお客さんの正義が僕に電話をさせることに費やされたのはなぜか。

自分が電話をすることに費やされなかったのはなぜか。

 

自然災害が起きてしまったとき、電気やガスが止まったり、物資の運搬が滞ったりして多くの人が大変な思いをしている。

 

そういうとき、売り場に立っているコンビニやスーパーの従業員はなんで背負わされる側なんだろうな、と思う。

 

たまたまスーパーやコンビニの従業員で、たまたま出勤していたことを除けば、同じ被災者で、同じように大変な思いをしている人のはずなのに。

 

こっちは大変なんだぞ、というお客さんの不安や苛立ちを、同じように大変な従業員が背負わされる。背負う側、背負って当然の側に立たされる。

たまたま出勤していたというだけで、背負うことを生業としている人ではないのに。

 

わからないではないけど、うまく咀嚼できない。どうやっても噛みきれない。モツを食べるみたいに、決めたタイミングで飲み込んじゃうことができなくもないけど、そういうこっちゃない気がしてならない。

 

0か100かじゃないよな。これは0か100かで片付けていいことじゃないよな、とモヤモヤもやもや。

 

すっきりしたのは、翌日頭に包帯をぐるぐる巻きにしたおじさんが現れたことだけ。怪我は大変だろうが、無事で何より、と思ったことだけ。