いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

生命線は覚えている

だから、それは無理です。

無理。手は離せません。

何回言えばわかるんですか?

 

僕は頼まれてこうしているんです。僕きっかけでこうなっているのではありません。

この女性に急に手を取られて、「お願いだからこのまま手を離さないでください」ってそう言われてやってるだけなんですから。

嘘じゃないですよ。

 

そうですよね?

 

ほら、女性だってうなずいているじゃないですか。

僕は、頼まれて彼女に手ブラをしているんです。

 

 

 

僕の話聞いてました?

聞いてたらなんでそうなるんですか?

嫌がってるとか、可哀想とか。

なんでそうなるんですか?

 

ちょっと待ってくださいよ。

迷惑防止条例違反で逮捕するって、それ、本気で言っているんですか?

さっきも言いましたけど、僕は頼まれて手ブラをしているだけなんですよ。彼女が僕の両手首を掴んでいるのは、逃さないようにするためじゃなくて離れないようにするためです。

 

そうですよね?

 

ほら、彼女も頷いているじゃないですか。

僕は蓋をするように添えているだけですから。

彼女は自分の意思でこの状態を保っているんです。

 

そうですよね?

 

ほら、ほらほら。

それにね、見ず知らずの女性に手ブラを頼まれているこの状況自体意味わかんないですけどね、この状況を僕が説明しなくちゃならないことはもっと意味がわからないですよ。

 

だから…。

なに、警察官って馬鹿なんですか?

嫌がってるとか、可哀想とか、さっきからそればっかり繰り返して。

 

いいですか、その、痴漢だとか、強制猥褻だとか。

ん?

今はそれどうでもいいじゃないですか。正しい罪状なんて今は問題じゃないと思うんですけど。あれですか、お巡りさんってツイッターでクソリプ送りつけるタイプの人ですか?

 

わかりました。迷惑防止条例違反ですね。

 

あのですね、嫌がっているとか、可哀想とか言いますけど、仮にこの場に迷惑防止条例違反で逮捕される人がいるとしたら、それは僕じゃなくて彼女の方になるんじゃないですか?

胸を触らされているのは僕の方ですよ。

いやいや、「は?」じゃなくて。

だってね、お巡りさん。ノーパンの僕が「お願いだからこのまま手を離さないでください」って彼女に手パンツを頼んだら、僕の股間を触った彼女を逮捕しますか?

迷惑防止条例違反で逮捕するぞ、って今僕にしてるみたいに圧をかけますか?

 

ほら、そういうことですよ。僕を逮捕することがどれだけ乱暴で男女の差別をしている愚行かおわかりいただけましたよね。

 

あぁ…そんな悲しい顔をしないでください。そういう意味じゃないですから。

売り言葉に買い言葉みたいなものですから気にしないでください。

 

お巡りさん。

気持ちはわかりますけど、ここはお引き取りください。この状況に出くわして手ぶらで交番に帰るのは腑に落ちないでしょう。その気持ちはわかります。見て見ぬ振りをするには異常な状況ですし。

でも…。

 

ん?

くすくす笑ってますけど、どうされました。

 

ははっ。

あぁ、本当だ。手ブラと手ぶらが掛かっていますね。

いやいや偶然ですよ。狙ってないですって。僕はまだこの状況にどきどきしていますから、そんな余裕ありませんよ。

 

あぁ、ごめんなさい。こっちの話です。

とにかく、お巡りさんのお世話になる状況ではないってことです。

あのぉ、ほら、そこ。今向こうから横断歩道を渡ってこっちに来るサラリーマン。

ね、いますよね。20代後半くらいの。

僕に構っている暇があったらあっちの相手をしてくださいよ。イヤホンしてスマホいじってタバコ吸っているんですから。

あの人のほうが僕よりよっぽど構われる理由があるじゃないですか?

歩きタバコは迷惑防止条例違反ですよね?

あの人逮捕すれば手ぶらじゃなくなりますよ。

 

ふふっ。わかります?

今のは狙ってみました。これはチャンスだと思って滑り込ませてみました。

 

なんですか?

そういうわけにはいかないってどういうことですか?

手は離せません。 

離せませんよ。そんなの当たり前じゃないですか。

なんでもクソもないですよ。離せないものは離せません。

なんですか?下心って…。

 

それは卑怯だと思います。

信じられない。

この状況で下心について言及するのはありえないですよ。

あなた自分が何を言っているのかわかっていますか?

 

は?

見たいと思うか…?

そんなの…そんなの、見たいに決まっているじゃないですか。

見たいに決まっているじゃないですか。手のひらに乳首当たってるんですよ。

笑った彼女の体が小刻みに震えるたびに、彼女の乳首が僕の生命線をなぞっているんですよ。

そんなの、見たいに決まっているじゃないですか。

 

お巡りさん、なぞなぞ出してもいいですか?

 

「再生ボタンを押せばいつでも見られるのに、なんど繰り返し見ても触れられない乳首ってなーんだ」

 

正解です。AV女優の乳首です。

 

もう一問いいですか?

 

「手のひらにずっと触れていて、ときどき生命線をなぞるのに、どうやっても見られない、見ちゃ駄目だと感じる乳首ってなーんだ」

 

触れるのに見られないんです。二度とない機会だ。見たいに決まっているじゃないか。

 

そりゃあ、指と指の間を広げたら見れますよ。隙間を作ってしまえば、色も形も、乳輪の大きさだってわかりますよ。

そもそも指先に力を入れたら揉める状況です。

 

でもね、お巡りさん。

いいですか?

僕は決してそれをしませんよ。下心に溺れるような真似をしませんよ。

だってそうでしょ?それをやったらお終いじゃないですか。今のこの状況は僕と彼女の信頼関係によって奇跡的に成り立っているんです。

信頼できる人間として、彼女は、この人混みの中から僕を見つけ出してくれたんだ。下心はありますけど、僕は決して溺れませんよ。

 

あぁ、どうか泣かないでください。僕はあなたを悲しませたくない。

それに、泣いているあなたの体が小刻みに震えるたびに、乳首が僕の生命線をなぞっていく。溺れそうになる。裏切ってしまいそうになる。

格好つけて溺れないと言ったばかりなのに。

 

ちょっ、お巡りさん、なんで近付いてくるんですか?

危ないじゃないですか。

それはなんの正義なんですか?そもそも正義と呼べるものなんですか?滅茶苦茶じゃないで…。

待ってください。それだけは駄目です。引き離すのだけは、絶対に駄目です。

…引き離したら彼女も罪に問われてしまう。

 

今僕と彼女を引き離せば、彼女は公共の場で両乳房を露出することになる。公然わいせつの罪に問われてしまうじゃないですか…。

お巡りさん、この場に犯罪者は2人もいらないんですよ。

どうしても逮捕するというのなら、僕一人だけにしてください。

それと…彼女を引き受ける女性職員とアイマスクを一つ用意してください。最後の最後に彼女を裏切るような真似はしたくないんです。

 

泣かないでください。僕はあなたの信頼に応えたいだけなんです。

名前なんて、そんな。縁があればきっと、またどこかでばったり顔を合わせるときがやってきますよ。

そのときはどうか、今僕に見せているような泣き顔ではなく、さっき見せてくれたような笑顔で…え?

 

わかりました。

えぇ、必ず。

プロレスラーのマスクを着用してプレイするデリヘルに勤務しているのですね。検索してすぐお店に連絡を入れます。

 

あ、お巡りさん…。

 

女性職員とアイマスクが到着したようです。これ以上はもう何も言わないでください。

源氏名がわからなくても、ホームページで顔がわからなくても大丈夫。僕たちはきっとすぐに再会できますよ。

 

一つだけお願いをしてもいいですか?

もしあなたを指名する客の中に僕の姿を見つけても、あなたからは何も言わないでください。

僕の方から気が付きたいんです。たくさんの在籍嬢の中から、今度は僕が、あなたを見つけ出したいんです。

大丈夫、生命線はきっとあなたを覚えていますから。