いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

リアルだけどリアリティがなくて、リアリティがあるけどリアルじゃない、ない。

コンビニ店員の指先がどちらのボタンを押すかで、一喜一憂している。

そんな自分がいることに最近気が付いた。

 

店員が押すのは20代のボタンなのか、30~40代のボタンなのか。見た目が若くないのは自覚しているが、それでも30~40代のボタンを押されると少し凹む。

 

28歳がアラサー判定されることに何の不満もないが、アラフォーまでを含むカテゴリーに分類をされると、そこまで老けてはないんじゃ…と思ってしまう。

 

40手前くらいになったら、いい具合のおじさんになっている自信がある。そのときにおじさんとして良い味を出していると思う。

 

味わいは不完全さに宿る。

 

自分を肯定するために編み出した必殺の一撃(一言)

そうであってくれ!という希望的観測。

 

今年、誕生日メールは、実家の母から来た1通のみ。メルマガのおめでとうメールすら来なかった。

 

そのことを母は知っているのだろうか?

誕生日に連絡をしてくれる相手が1人もいない生活を送っていることを。

大学を卒業してからの6年をそんな風に過ごしていることを。

 

申し訳ないと思う。

もちろん、返信の中身を考えている時だけなんだけど。

 

あなたやその夫(父)が何かを間違えたわけではないよ。

僕が勝手に間違えただけだよ。

 

これをちゃんと伝えるべきなんじゃないかと思うこともある。

あなた方が注いでくれた愛情の先にこんな未来が待っていたけれども、それはあなた方のせいではないですよって。

 

レシピ通り作ったミートパイが黒焦げなのは、単にオーブンレンジが故障していたからだよ、料理の腕がないわけじゃないよ、って感じだ。

 

最初0歳だった自分が28歳になった。このことにリアリティを感じない。

 

最初0歳だった自分が28歳になったことはリアルだ。 リアルだけど、そこにリアリティが伴わない。

 

なんなんだろうなぁ。

 

28歳の僕が28年後に56歳になっていることを想像してみる。

禿げ上がり、神経質さに磨きがかかっているだろう。56歳にもなって相変わらず友達がいない事に悩む夜があるだろう。

 

28年後はリアルじゃないのに、リアリティがある。

 

0→28はリアルだけどリアリティがなくて、28→56はリアルじゃないけどリアリティがある。 不思議だ。

 

予測可能な未来というか、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、豚肉が鍋に入っていたら、今夜はカレーかシチューだろうな、みたいな感じ。 もっとシンプルに肉じゃがの可能性もあるかもなぁ、ぐらい。

 

28歳の僕が56歳になることのリアリティはたぶんそういう感じ。

0歳の僕が28歳になること、禿げが始まること、フリーター生活を送ること、鳴らないスマホを持ち歩くこと。

 

何かの間違いであってほしいけど、間違いなくこれらはリアル。

だけど自分にとってはリアリティがない。

 

たぶんイモムシと同じ気持ち。

サナギから出てみたら蝶になってましたけど、マジっすか?

誕生した瞬間に蝶になる未来を想像出来ているイモムシはいないだろう。

 

リアリティとリアルは違うんだろうな。

リアルとリアリティがより近付くと納得出来て、遠ざかると納得いかないんだろうな。

 

AKB48のジャンケン大会で、選抜に入るのが全員人気メンバーになったら…。

そのリアルとリアリティは遠く離れる。そんな結果、誰が納得するんだ。