いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

ピザ冷めちゃうから電話を切るね

(デリバリーのピザの箱を開ける)

(着信)

(蓋を閉じる)

もしもし。あぁ、うん、裕太。

どうしたの?昼間に電話かけてくるなんて珍しいじゃん。

時間?

…いや、まぁ大丈夫だけど…え、なに、時間かかるやつなの?

仕事じゃないよ。うん、これから出かける用もない。

う、るさいなぁ。違う、彼女が部屋に来てもない。

急に華やいだ声を出すのやめてくれよ。もう73歳だろ。息子の俺だって35歳だぞ。

どっちかっていえば黄昏流星群みたいな恋愛をする年齢になっているんだからさ、そういうキャッキャで反応するの困るからやめて。

 

届いたばっかなの。

デリバリーのピザが今さっき部屋に届いたの。

デリバリーのピザって高いんだよ、クーポン券使ったって2,000円以上するんだから。

まぁそういうわけだから。急ぎの用でないなら後でかけ直してもらえる?

せっかくのピザが冷めちゃうから。

 

今じゃなきゃダメなの?

なんで?

いや「うん」じゃなくて。

俺言ったよね、ピザが冷めちゃうから後にして、って。

わかった上なのね?それでも今言わなきゃいけないのね。

じゃあいいよ、言って。ちゃんと聞くから。

ちゃんと聞くから早く言って。

…いやいやいや、深刻な話なのはわかるけどさ、言い辛い話なんだろうけどさ、そこは一歩乗り越えてすっと言ってよ。

こっちだって言いづらいよ、深刻な話だろうと想定したうえでピザが冷めるの嫌だから早くしてなんて。でもこっちにっとってピザが冷めちゃうのは深刻な話だからね。

だから頼…え、なに?

 

うん。

だれが?

親父が?

いつ?

うん、今日の朝起こしに行ったら…うん。

じゃあ夜寝ている間に、ね。でもまあ苦しまずに最期を迎えられたってことね。

そっか、それならまだ良かった。

たしかに大往生っていうにはずいぶん若いけどさ、不慮の事故ではないし、病魔に苦しめられたわけでもないし…そっか、そっか。

後でまた掛け直すから、通夜や葬儀の話はそのときに教えてよ。

じゃあ、一旦電話切…え、「なんで」って。

用件わかったからピザ食べようと思って。冷める前に食べたいじゃん。

え、だって親父もう死んでるんでしょ。もう冷めてるんでしょ。

 

あのね、俺だって親父が今まさに危篤状態だって話だったら電話切らないよ。すぐに駆けつけるよ。

でもさ、もう死んじゃってるじゃん。

朝起こしに行ったときには死んでたんでしょ。

だったら先にピザ食べさせてよ。冷めてチーズが固まったら美味しくなくなっちゃうから。

それくらいいいだろ、親父はもう冷めて固まってんだから。

じゃあね、一旦電話切…。

 

じゃあ聞くけどさ、今朝起こしに行ったときに親父がまだ息をしていたらお袋どうした?

放っておいた?

どうせもうダメだろ、って思ってそのままにしておいた?

違うでしょ。

救急車呼んだよね?病院に連れて行ったよね?

親父の命をなんとか助けようとしたよね。

まだ可能性が残されているなら、なんとしてでも目の前の命を助けようとしたでしょ。

同じだよ。

俺が言っているのはそれと全く同じだよ。

親父は完全に冷めててもう助からないけど、ピザはまだ助けられる。

ピザはまだ生きている。美味しく食べられる可能性を残している。

俺は…俺は、助けたいんだよ。

目の前のピザが冷めていくのを何もできずにただ見ているなんて俺にはできない。

そういうことだから、一旦電話き…なんでだよ。

 

本気で言ってるの?

ねぇ、それおかしいよ。どうかしてるよ。

なんなんだよ「後で温めればいい」って…。

そんなことしたって蘇らないよ。親父もピザも、一度死んだ者はレンジでチンしたって蘇らない。

気が動転してるのはわかるけど、頼むよ…。

お袋がしっかりしていないと、あっ…んだよ、向こうから電話切りやがって。

葬儀には出るけど、通夜に間に合うようには帰らないからな。

まったく…あんな態度とられたらお袋との関係も関係も冷めるってんだよ。

(箱を開ける。ピザを一口食べる。)

ちっともうまくないよ。完全にチーズ固まってんじゃねぇか。