いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

その背に願いを

僕はあなたの態度を支持します。

コンビニでレジの順番待ちをしている時にそう思った。

食事時で店内には多くの買い物客がいたし、3台あるレジをフル稼働させて捌くべき時間帯だったけれど、それでも。

 

30前後の男が店員(リーダー的パートさん)と揉めていた。

レジカウンターの上には缶チューハイが一本。

プライベートブランドかなんかの安いやつ。500mlで130円くらいのやつ。

男は「いいからよこせ」と主張し、店員は「それはできません」と主張する。

どこまで行っても交わらない。そう、これは平行線と呼ばれるもの。

常連客とのお喋りなら、誰でもいいから「時間ねぇんだよ」とブチ切れをかましてくれ、と思う。そう思わないのは、男の要求がすごく嫌いなものだったからだ。

 

考え方は人それぞれだけど、缶チューハイを一本買ったときに「お手拭き」と「割り箸」を要求するのはありなのだろうか?

僕の中では「なし」だ。完全になし。トイレを借りておいて何も買わずに出るのと同じくらい、なし。

なんで?何に使うの?

無関係の僕が離れたところから見て腹が立つのだ。店員はどれほど腹が立ったことだろう。

仕事に行かない飲んだくれの亭主から「3万、いいから3万出せよ」と言われるくらい?

 

ふと、大学の時のバイト先の記憶が蘇る。

 

4個パックのヨーグルトを10個(バラすと40個)買ったおばさんがいた。

「スプーンを付けろ」と言われたとき、僕は断った。40本は無理です、と。

バラ売りのヨーグルトにならつける。40個なら40個つける。

パック売りのヨーグルトにはつけない。1パックで4本でも、10パックで40本でも。

僕の考え方では、パック売りはスプーンを付属させるに値しない。冷凍チャーハンを買った時に、袋に表記されている◯人前の数だけスプーンが付属しないのと同じ発想だ。

「パック売りはそういうやつじゃない」

職場で話題になった事があるが、他の学生バイトもパートさんも同様の考え方だった。

 

おばさんとは口論になった。

40本は常識の範囲内ではない、と主張する僕。

「何本までが常識なんだ」と、おばさん。

10本超えたら非常識、と僕。

「だったら10本よこせ」と、おばさん。

ものすごく腹が立った。合法なら躊躇いなく手を出す。

うっかり数え間違えたふりをして8本スプーンを渡して、おばさんに帰ってもらった。

 

スプーンを40本渡せ、と主張するようなおばさんだ。当然僕のレジを離れたその足でサービスカウンターに向かう。

改めて40本のスプーンと(全部で48本)重ね重ねの謝罪をもらってから店を出て行った。

閉店後、チーフからたっぷりと怒られる。

「言いなりが一番簡単で、こっちも面倒くさくなくて、早く帰ってもらえる。だから2度と戦わないで」

過去何度も学生バイトや新卒の社員に指導してきたことなのだろう。苛立ちを携えながらも説教に一切の滞りがない。

 

真空パックで保存されていたのだろうか?

10年近くの時を経て蘇った記憶は、内包されていた怒りがちっとも色褪せていない。

おばさんの態度も要求も当時と変わらず腹が立つ。チーフの説教にもいまだに納得がいかない。

30歳ともなれば、言いなりこそが自分にとっても店にとっても被害を最小にする手段だと理解できている。

理解はできているけれど、だ。

理解はできているけれど、あらゆる場面において言ったもん勝ちになる世の中に、どうしてもうまく折り合いがつけられない。

 

安チューハイの男は捨て台詞を決して吐かなかった。「お手拭き」と「割り箸」をもらうまでは帰らないと決めているのだろう。

帰らない男に、捨てて帰るセリフはない。

2台のレジでは捌ききれないと判断したのだろう。店員は安い缶チューハイを一本だけ買った男にお手拭きと割り箸を渡した。

男は店員を睨んで店を出て行く。店員は睨み返すことをせず、次の客をレジに呼び込んだ。

男の背を睨みながら僕は強く願った。

どうか、割り箸を取り出す時に爪楊枝が指先に刺さりますように、ものすごく斜めに割れますように、乾いて水分量の少なくなったお手拭きでありますように!!!!!