最初お土産に選んだのは、餅の周りに餡子を巻いた(カリフォルニアロール的な)和菓子。会計を済ませた後、飲み込めない可能性に思い当たってしまった(少し面倒臭い)。
90年稼動を続けたら、さすがにダイソンの掃除機も吸引力は落ちる。
実証実験を行ったわけではないけれど、吉田沙保里に引退の日がやってきたのだ、ダイソンにだって吸引力が落ちる日はやってくる。
90歳を超えた婆さんに餅は飲み込めるのだろうか?
他の90歳よりも元気があり、自分で出来ることは多い(比較対象はない)けれど、健脚と吸引力が正比例している保証はない。他のお年寄りと同等に餅を食べることはリスクと隣り合わせの行為かもしれない。
改めて売り場を見てまわる。ぐるりと一周して、お土産は一口サイズの月餅に決めた。喉に詰まることはなさそうだし、食べきれないこともなさそうだ。
販売員のおばさん曰く、このサイズの月餅は新宿店限定。
「伊勢丹で」という話なのか、「都内で」「全国で」という話なのかはわからない。
お土産を選ぶのは帰省に合わせて年に2回。新宿に出てデパ地下で探すだけ。
どの範囲の話だとしても、新宿の小田急・京王・高島屋で販売していなければ、僕にとってはここでしか買えない月餅ということになる。正しい情報を求めてネット検索をするほどの興味はない。お土産を手渡すときに「新宿の伊勢丹限定なんだって」と一言添えられればそれで十分なのだ。
限定販売の月餅は、正真正銘の一口サイズ。「え、一口で食べるの?」と言われることはないだろう。ピノ・パイの実・チロルチョコと同じサイズ感だ。
値段を見てしまうと、とても一口では食べられないけれど。
「こちら、新宿店限定なんですよ。
味は7種類。お好きな味だけで詰め合わせることも可能ですのでご自由にお選び下さい。
贈答用の箱のサイズは色々ありますし、1つから受け付けていますので気になるお味だけ試していただくことも可能です。
そのままご自宅にお持ち帰りでしたら、箱をなしにして箱代の分をお安くすることも出来ますよ。」
一口サイズの月餅の、試食用のさらに小さなサイズを差し出しながら、販売員のおばさんは色々と教えてくれた。
箱代を節約できるとか、一つだけでも買えるとか、僕はおばさんからどう見えているのだろう。
全然お金を持ってなさそうに見えたのか、買うかどうかを迷っているように見えたのか。
気になるのはそんなことばかり。どっちにしろ気軽に買えるように教えてくれただけなんだろうけど。
「帰省の手土産として…おじいちゃんおばあちゃんにね。なるほど…だったら、このサイズの月餅はすごく喜んでくれると思いますよ。
どうしても食が細くなっていくので、普通のサイズのお饅頭だと食べきれないこともあるんですよね。
若い人からしたら物足りなく感じるサイズ感なんですけど、ご年配の方だと結構これくらいのサイズの方が丁度良かったりするんですよね。
1回持って行ったらすごく反応が良かったんで、ってリピートしてくださる方も多いですし、むしろ向こうからリクエストされてまた買いに来ちゃいました、って方もいるくらいなんですよ。」
ふむふむと頷きながら、ショーケースの中の詰め合わせの見本を眺める。
何個入りを買って帰ろうか?
そう多くは必要ないけれど、渡すにあたっての見栄えは気になる。
「あとは、このサイズでこの見た目だとすごく可愛いので、4つ入りの小さい詰め合わせでも十分に喜んで貰えると思いますよ。
久し振りの帰省でお土産をって考えると、どうしても大きな箱で沢山の商品が入った詰め合わせを買いたくなっちゃうんですけど、さっきお話させてもらったように、もらう側の食が細くなっていくので沢山あっても食べきれないんですよね。」
上手だな、と思った。おばさんの話を聞きながら、この人すごく上手だなと思った。
説明が上手、駆け引きが上手、懐に入るのが上手。色々と種類や言い方はあるだろうけど、僕の中では「お節介が上手」という表現がしっくり来た。
このおばさんはお節介が上手。親切さに程よくうるささが配合されている。
8個入りの詰め合わせを買わせてもらった。特に癖の強い味はないということだったので万遍なく詰めてもらった。
感謝を伝えるメッセージカードがいくつかあるらしく、どれを入れるかを聞かれた。僕は、恥ずかしいのでいらない、と断った。
「せっかくだから、こういう形じゃないと感謝を伝える機会もないだろうし、せっかくだから。同じ恥ずかしいでもこっちの方が恥ずかしくないでしょ。」
うるせぇ、ばばあ。下手くそ!!!
僕の成熟度では、最後のお節介はまだ有り難がれないのだ。