いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

飲めちゃう人には飲めちゃう

「これくらいだったら全然飲めちゃいますね。」新人のNさんはタンクに溜まった排水の処理をしながらそう言った。

健康の話かと思った僕は「結構たくさん飲むんですね」と答えた。1日2リットルは水分を補給した方がいいと聞いたことがあった。

容量は4リットルで、そのときタンク内には排水が8割程度入っていた。

3リットル強の水を飲むというのなら、たくさん飲みますアピールをするのに十分な量だ。

 

褒め方が不十分だったのだろうか?

「すごい、普通そんなにたくさん飲めないですよ」と驚くべきだったのだろうか?

結構…という反応がなにかプライドを傷付けてしまったのだろうか?

Nさんと噛み合っている感じがしなかった。

理由は話の続きを聞いて理解した。

噛み合うはずがない。Nさんが言う「これくらい」は量の話ではなく、汚れ具合の話だった。

「これくらいの汚れの水」なら全然飲めちゃう、という意味だった。

 

Nさんは海外で何度もボランティアをしてきたらしい。

アフリカやら中東やら観光目的では一切候補に挙がらないような国や地域に赴き、何かしら現地の人の役に立ってきたようだ。

本人曰く、一番上達したことは銃の撃ち方(狩猟用ではない銃)。正確にコントロールをするコツはトリガーを引いた瞬間に手を自分の方に引くこと。

妙にリアリティがあった。知識として持っているというよりも、経験として理解しているという感じがした。

 

危険と隣り合わせなのは当時のNさんだけではなく、こうして当時の話を聞かされている僕の方なのではないか、とそんな気がしてきた。

話を聞くほどに「この人のことは怒らせないように気をつけなくちゃ」と気が引き締まっていく。

脇腹を刺された話も、太ももを撃たれた話も嘘とは思えない。行為の描写になった途端に具体性を失う童貞の猥談とはわけが違うのだ(他人の猥談にはあんなに生き生きと茶々を入れていたというのに)。

 

「太ももの外側から入った銃弾が内腿から出て行った。」Nさんが語るエピソードはインパクトを取りにいかない。

正面から撃ち抜かれたでもなく、真後ろから襲撃されたでもない。

横から撃たれたあたりがなんともリアルだ。しかも外腿から内腿の流れ。

インパクトが弱くなる方を採用するのはとても勇気がいることだ。本当に撃たれた人だって他人に話す時には大袈裟な表現になってしまうもの。

危険な目にあったことが一度や二度ではないのだろう(圧倒的なジャーナリズム精神の持ち主でないとすれば)。

 

話の締めくくりに放たれたNさんの言葉は、今の僕には少々重たかった。

「まぁ、ここをクビになったらヤクザの鉄砲玉にでもなりますよ」

話を聞く前なら笑えたことでも、話を聞いた後には笑えない。

あり得ない話ではなくなってしまったのだ。(鉄砲玉の中でも殺傷能力が高そう。犯人を羽交い締めにして「俺に構うな、打て!」と叫んだ先輩刑事もろとも綺麗に打ち抜きそうな鉄砲玉)

 

順調に進んでいけばNさんは1年後に正社員になる。僕は少し恐れている。真面目な(今のところ)Nさんが店長と衝突する日を。

店長は元ヤンだ。武勇伝が嘘でないとすれば、話の通じない相手とは拳を交える生き方をしている。

Nさんと店長が店舗運営について衝突をするその日、3本ある掃除用のモップは全て処分することになるだろう。

よろけたNさんのこめかみからは一筋の血が流れる。

仰向けになって倒れた店長の周りには血の溜まりができている。時間の経過とともにその範囲は広がっていき、やがてNさんの足元にまで達する。

身を伏せたNさんは床に広がる店長の血をすすり始める。一口、二口…。僕の視線はNさんに自然と吸い寄せられる。

顔を上げたNさんと目が合う。

赤黒く染まった口角が釣り上がる。

「これくらいだったら全然飲めちゃいますね」

 

衝突しちゃえばなくはない。悪い冗談のままであっておくれよ。