いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

ないところにはない。

1ミリの長さにはすっかり慣れた。

3ミリにはもう戻れない。3ミリと禿げのコントラストにはもう心が耐えられない。

本気で隠そうと思ったらスキンヘッド以外に道は残されていない。5厘では禿げを隠すことが出来ないのだ。

 

3ミリから1ミリに長さを変えたことでコントラストは弱まった。

黒(3ミリ)と肌色のコントラストよりも、白(1ミリ)と肌色のコントラストのほうが、ぱっと見たときに禿げが目立たない。3ミリの方が地方局制作の落とし穴だとすると、1ミリの方はロンハーの落とし穴だ。

どちらにしろよく見れば禿げているのだが、ぱっと見の印象で禿げが独走していない事実は僕を安心させる。

 

ぱっと見の禿げが目立たなくなった一方で、自分が禿げている事実は確固たる存在になった。

どれだけ短くしても禿げている場所は禿げたまま。

3→1、0→0

1ミリのアタッチメントで刈り上げても0ミリの場所は1ミリにはならない。

 

ないところにはない。ないもんはない。

0ミリの場所は0ミリのまま。

0ミリではない場所を0ミリに近づけることによって、0ミリの場所の存在感が際立ってくる。0というものの揺るぎなさが際立ってくる。

見ないようにしても好きな人の姿はどうしても目で追ってしまう。ちゃんと見とけよ、って教授から指示を出されてもカメレオンが捕虫する瞬間は見逃してしまう。興味がないのだもの。

0に近づけようとしても0に出来ないものがある一方で、1以上にしようとしても0のままのものもある。

 

どんなに嫌いになろうとしたって、興味のないふりをしようとしたって、好きなものや興味のあるものは0には出来ない。

どんなに好きになろうとしたって、興味のあるふりをしようとしたって、嫌いなものや興味のないものは1以上にはならない。

 

今いる場所でやりがいや楽しさを見つけられないなら、君はどこに行ってもやりがいを見つけられなくてつまらないと感じるままだよ。

 

本当だろうか?

 

そいつにとってやりがいや楽しさを見つけられる場所だっただけじゃないの?

自分にとってやりがいや楽しさを見つけられない場所だっただけなんじゃないの?

 

歴史を語るのはいつだって勝者の口だ。

 

やりがいも楽しさも、ないところにはない。その場所や仕事そのものに、ということではなくて、あくまでも本人にとって。

ないところにはない。

生えないところには生えない。

3ミリのアタッチメントを1ミリのアタッチメントに変えたって、0ミリの場所は0ミリのままだ。

モーター音だけが大きく鳴り響く。頭頂部には刈り取る毛がない。