いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

あなたは桃が好き

手袋を忘れて家を出たのに後悔をしていない。師走の夜風が指先をいじめてこない。

 

ここ数年、毎年こんなんだったっけ?と四季が移ろうごとに思っているが、基準のように君臨する「毎年」というものが、具体的にどんなものかを言葉にできない。

ただなんとなく、昔はもっと夏は夏らしく、冬は冬らしかった、と思うだけだ(春や秋もちゃんとあったぞ、と)。

 

具体的なイメージもないのに、イメージから外れている感覚だけはちゃんとある。なんだか不思議だ。

 

起きた時に、すげー寒いな、と思って天気予報をチェックする。これだけ布団から出るのを惜しめるのだから、また今日も例外的な寒さの日だろう、と。

気象予報士の資格を持っていないお天気キャスターに平年並みの気温とアナウンスされ、あれれ?と思うこともしばしば。

 

あれ?毎年こんなに寒かったっけ?

あれ?気象予報士の資格がなくてもいいんだっけ?読むだけだったら資格いらないんだっけ?

 

例年通りの寒さに接して今年の冬はいつもと違うと思うのだから、記憶も感覚もあてにならない。

 

あんた桃好きだったもんね、と言われたのは去年の冬の帰省のこと。曖昧な返事をして(ちょっと高級なやつと言われたので気持ち多めに)食べながら、兄貴か弟じゃなくて?と考えていた。

 

食卓に並べば食べる。

好きか嫌いかで言えば、好き。

 

その程度のものだ。聞かれてもないのに桃が好きだと宣言することはないし、夕飯の買い出しに出かける母親に桃のリクエストをしたこともない。

他の果物よりも好きってことはなく、食卓に並んだ時の僕の積極性でいえば、明らかにりんごが出てきたときの方が上だ。

 

そして決定的なことが1つ、学校から帰ってきたときに冷蔵庫の中に桃を見つけて歓喜したことがない(テーブルの上にカントリーマアムを見つけて歓喜したことは、指折り数えてすぐに足りなくなるほどある)。

 

桃好きだったよね、はどこで記憶したのか教えてほしい。僕の桃好きはどっから出てきた話でいつ定着をさせた話なのだろうか。

 

桃子という名前の女の子に告白して振られたことはあるけれど、まさかそれを知っていて?

 

みんなから桃ちゃんと言われていたその子に振られた息子のことを、(機が熟すのを待ってから)いじってきたのだろうか?

 

おいおいおいおい、あなたたちは息子の深刻なまでのナイーブな性格をちっとも理解していのか?

次男坊はいじられたときの受け身の取り方が下手くそですよ!

 

しかし、大学進学で上京した後の惚れた腫れたをどうやって知ったのだろう。情報化社会怖い、監視社会怖い、いたずら心怖い、ニンゲンコワイ。

 

自分自身の記憶の中では好きも嫌いもなかったものが、どうして親から見ると好きなものになるのだろうか(積極的に欲したものはもっと他にもあるはずなのに)?

 

僕の中にある、兄貴は梨が好き、という記憶も同じなのだろうか。兄貴にとってはどっから出てきていつ定着をさせられたのかわからない話なのだろうか。

 

勘違いは定着をする。それが勘違いであることを知るまではただの記憶として定着し続ける。医師免許を持ってないとわかるまではただの神様仏様。おらが村のドクターコトー、大先生。

 

誰かが教えてあげるか、自ら気がついて初めて勘違いだとわかり、記憶は修正される。

 

今年の夏に帰省した時もまた桃はあった(今回もちょっと高級なやつだったらしい)。前回少し多めに食べたのを見ていて、いくつになっても好きなものは好きなのかね…と思ったのだろう。

 

昼食の後、皮を剥いて食べやすい大きさにカットされた桃がテーブルに運ばれてくる。いつもならテーブルの真ん中より左側、僕の席に寄せた位置に置かれるのだが、今回はきっちり真ん中。

一応手を出さずに待っていたのだが、一切勧められない。

 

父が食べ、ばあちゃんが食べ、皿の上から桃が姿を消していく。半分ほどなくなったところで(やっと)僕に声がかけられた。

あんた桃はそんな好きじゃなかったもんね。

 

記憶の修正はいつされたのだろうか?