いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

世間はそれを推しと呼ぶんだぜ

クレジットカード情報の登録を行う。テストメールは無事に受信することが出来た。

実は以前から考えていたのだろうか(どんなサービスなのかよくわかっていなかったというのに)。優柔不断を専売特許としている僕が珍しく、思い立ったその日に勇気を持って踏み出していた。

僕は乃木坂46のモバイルメールに登録をした。

 

 

 

スタート直後、一人の選手が飛び出した。

東京五輪マラソン日本代表を決める大事な試合で。2位以内でゴールすることが勝利となるこの試合で。

その選手は集団の中での駆け引きを選択しなかった。

 

終盤勝負に持ち込めば、恐らく代表内定を得ることが出来ていただろう。

大迫傑選手に次ぐ2時間6分11秒の記録を持っているのだ。

 

 

 

月額324円。この金額を払えば、僕のスマートフォンには乃木坂46のメンバーからメールが届くようになる。

 

基本時給1030円の僕だ。勤務時間中に一度は訪れる、客がまばらでほとんど突っ立っているだけの20分と引き換えにメンバーからメールが届くのなら、ちっとも高くはない。

 

配信をしているのは3期生まで。4期生はまだのようだ。

 

 

 

格好良いと思った。

スローペースの展開、終盤勝負の戦前予想を覆す1キロ3分ペース。たった一人、集団を飛び出して走るその姿に心を奪われた。

 

地力に勝る設楽選手がレースを引っ張る展開を誰が予想しただろう。

冬場の記録を狙うレースではない。高い気温の中開催された日本代表を選ぶ一発勝負だ。

 

 

 

悩んだとて、本当はとっくに答えは決まっている。

何を食べようか、何を買おうか。

メニュー表を見てあれやこれやを見比べる。どうせ黒にするのに一応オリーブも試着させてもらう。

 

僕の優柔不断さは、ほとんどの場合最初から答えを持っている。その答えに素直に従うことが出来ずに、いじいじ、うじうじ。結局はそれにするのに、いじいじ、うじうじ。

 

今回も最初から答えを持っていたのに即決できず、ネットでお勧めのメンバーや配信の多いメンバーを調べていた。

登録するメンバーは齋藤飛鳥さんに決まっているのに(「齋」の字の難しさが、日が落ちると地元の人でも間違えやすい入り組んだ路地みたいでいいですよね?)。

 

 

 

先頭を走る設楽選手と後続選手の差は広がる一方だった。最大で2分の差がついた。

 

淡々とリズムよく走る姿を見て、1枠はもう決定だと思った。残り1枠を後続選手が争うことになるのだな、と。

そう思ったのは僕だけではないはず。実況がその証拠だ。

 

2位集団のことを先頭集団と良い間違えた回数は、この先破られることのない不滅の記録となるだろう。

 

 

 

まだかな、まだかな。

メールの受信ボックスを何度も開き、そのたびに更新ボタンを押す。

今の私は完全無欠。届いた直後にメールが読める臨戦態勢。

白ヤギさんでも黒ヤギさんでもかかってこい。読まずになんか食べさせないぜ。

 

 

 

実況の言い間違いが少なくなっていく。

設楽選手を捉えるカメラに2位集団の姿が小さく映り込むようになった。並べたマトリョーシカを回収していくように、ぐん、ぐん、ぐん。

その姿はカメラが集団から設楽選手に切り替わるたびに大きくなっていく。

 

先頭集団という表現が言い間違いではなくなり、設楽選手が後続選手になった。

 

 

 

登録翌日の21時、受信ボックスのなかに見慣れないアドレスを発見した。

「nogizaka」で始まるメールアドレス。

 

迷惑メールの可能性を考えることもせず、僕は無邪気に開封をした。

色々と美味しいものを食べた、ということが書かれていた。

 

「その程度のことしか書かれていないの?」そう思ったそこのあなた、SNSに溢れる有益な情報に毒されているんじゃないの?

その程度のことをわざわざ報告してくれる可愛い子が近場にいるのが当たり前の世の中だったら、アイドルビジネスなんてものは成立しない。

 

僕は届けて欲しい人からメールが届いたことに心が満たされていた。

 

 

 

画面の中の先頭集団は人数を減らしていく。40キロ手前の上り坂で代表2枠は大迫、服部、中村の3選手に絞られた。

 

中村いった!

大迫出たぞ!

服部来た!

 

緊張で見ていられない。涼しい部屋の中で中継を見ているだけのこちらの呼吸が、緊張で浅くなる。

 

スパート、スパート、スパート。

 

中村選手が大迫・服部両選手を振り切り、見事に優勝。2位は服部選手だった。

 

 

 

本人が書いているとは限らない。

マネージャーかもしれないし、お母さんかもしれないし、駆け出しのライターかもしれない。小汚い1Kマンションの一室を事務所代わりに使っているデリヘル経営者の暇つぶし兼なりすましかもしれない。

登録前に想像していたよりもメールを楽しみに感じている自分に気が付き、焦ってしまった。

 

 

 

14位でのゴールとなった。内定は当然与えられない。

設楽選手が東京オリンピックにマラソンで出場を果たすには、日本記録を更新するしかなくなった。

 

 

 

メールを楽しみにしている自分を適度に失望させるべく「メールの文面を考えているのは齋藤飛鳥さん本人ではない」と前提をひっくり返し、「本人が考えている可能性もある」と希望を残す。

素直にならないくせにメールの文面を考えているのが本人だと信じたいのは僕自身だ。

 

 

 

結果で語られる世界だから、設楽選手の戦い方は賞賛されないかもしれない。勝たないことには意味がない。これは事実だ。

結果的に内定を得ていれば成功で、得ることが出来なければ失敗。終盤勝負でも同じこと。

終盤勝負が最善の策だとは限らないけど、結果で語ろうとすれば「たられば」はどうしたってそこへ向かう。

本人は走り終えてどんな気持ちになっているのだろう。

 

僕は、格好良い戦い方だと思った。逃げ切れなかったけど、結果を知った上で感想は変わらない。

その走りに心を奪われた、ということで全てだ。

 

 

 

もっと配信が多いメンバーがいる。その子も可愛いよ。

もっと順位が上の選手がいる。その選手も速いよ。

 

それなのに。

それなのに、だ。

 

どうして他のメンバーじゃないんだろう。

どうして他の選手じゃないんだろう。

 

他とは違って見えてしまう。

心を奪われてしまう。

 

 

 

本当はわかっているのだ。悪い方に考えて予防線を張ってみたって意味が無いことを。

メールの文面を考えているのが本人じゃないとか、五輪で走る姿を見られないかもしれないとか、そんなことを考えても仕方がない。

悲しみで花が咲くものか。

 

自分が信じたいことを信じてみればいい。

今までの過去なんてなかったかのように。悲しみの夜なんてなかったかのように。

そうであったら嬉しいと感じる心に素直になれば、そこにはきっと新しい日々が待っている。

 

世間じゃそれを推しと呼ぶんだぜ。

 

 

 

設楽選手はモバイルメールを配信しないのだろうか。

もしかして4期生と同時スタート?