いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

メルカリて想ふ

部屋の中の不要なものを処分していく。年に1〜2回、どうしてもすっきりとした部屋にしたくなって色々なものを手放す。

 

年に1〜2回処分しなきゃならない状態を作り出す僕が愚かなのか、魅力的な製品を作り出す企業側が諸悪の根源なのか。

 

まずは六畳一間を有効利用するため、生活用品を整理する。今回はマットレスや除湿機、扇風機を粗大ゴミとして処分した。


布団の方が都合がいいよな、と思いながら早6年、ついにマットレスを処分するに至った。

広くはないワンルームなので(狭いと言わないところが大家さんへの気遣い)、マットレスより布団のほうが都合が良いし、除湿はエアコンを使えば十分なのだ。

 

生活用品の処分をしたら、あとはもう趣味で買いすぎてしまう靴や服の処分。メルカリを使って処分をしていく。

 

僕は3年ほど前から、フリーターとして稼いだ金額をほぼ全て服につぎ込んでいる。つぎ込んでいるというか、欲しいものを買っていったら結果としてつぎ込んでいる状態になってしまったのだ。

 

誰かと一緒に出かけることも、誰かのためにプレゼントを用意することも考えなくていい。その誰かが男女問わずいないのだから。

 

お金を使う相手が自分しかいない。そんな生活を続けていると、欲しいものがいくらだから、今月は何日バイトに入ろうという大学生みたいな働き方になって来る。

 

そんな働き方に加えてクレジットカードまで手にしているのだ。愚かな人間の愚かな営みは、より愚かさを増していく。


一括払いで翌月末まで先送り。ボーナス払いで半年先の自分によろしくちゃん。

クローゼットに収まりきらない服がでてくる。収まりきらない分はメルカリで売って整理していく。

 

着るつもりで買って、着ない服がいくつもでてくる。気がつけば特定の服ばかりを身につけている。

こういうのも着てみようかな、と思って買った服はだいたいすぐに着なくなる。着ていて落ち着かないのだ。

 

いつもの場所でいつものように過ごす時、いつもと違う服はいつもと違う気持ちを味わわせてくれる。しかし、いつもと違う気持ちで過ごす新鮮さを、ある瞬間からは心地の悪さが上回る。

いつも通りに過ごしていると、傷が付き生地が痛んでしまう。そうならように気をつけて立ち振る舞うのだが、それがストレスになる。

 

幅を広げようと思って買った服は、着て鏡の前に立った瞬間がピーク。
こういうのも着てみようかな、は普段の行動パターンに適していない服だから、こういうの、になっている。

 

行動の幅をそのままにして格好の幅だけを広げようとする。幅の狭い道路を通るとわかっていて大型車に買い換える理由は何?

 

手放すことに決めて出品をする商品は、それなりに高額なものだ。相場を見て金額を決めるのだが、多くの服は1万円くらいで出品をする。
身につけた回数は少ないし、傷がつかないように気をつけていたので狀態はとてもよく、相場よりも安く出品する理由がない。

 

手放して部屋のスペースを取り戻そうとしているのに、相場よりも安く出品をすることに抵抗がある。

自分の生活や行動の幅では、この先もほぼ身に付けることがないというのに、良い買い手がいれば譲ってあげなくもないけど、みたいな心境になる。

 

当然だが、相場通りの金額で出品をしていると購入者が現れるまでに時間がかかる。相場通りの金額で買ってくれる人は、メルカリに張り付いていない。張り付いているのは相場以下で買おうとする人ばかり。

コメント欄で交渉を始める人が現れるまでは、じっと息を潜め、出品者がしびれを切らせて値下げするのを待っている。

 

僕は相場通りの金額で出品をする。金額を固定しておいて購入希望者がしびれを切らすのを待つタイプ。
同じ商品がいくつか出品されているが、僕の商品よりも状態がいいものはあまり出品されていない。だからこのやり方でも、時間をかければ購入者が現れる。

 

取引の実績は今回の整理で50を超えた。普段の生活や行動の幅では身に付けるのに適さない高額商品を、50以上も買ったという自身の愚かさの証明でもある。

 

なるべく高く売りたいという気持ちと、整理のために手放すのだという事実の狭間で今回ふと思った。


じっくり時間をかけてでも相場に近い金額で買ってもらう。
これは本当にいい売り方なのだろうか?

 

いいねだけが増えていく多くの時間があり、問い合わせのコメントに対応する時間がある。金額を固定しておくといったって、意識から切り離しておけるわけではない。

 

閲覧者数の推移は気になるし、コメントにはなるべく早く返事をしようと思うと、常に頭の片隅に置いて置かなくてはいけない。
ある程度気にかけておく必要がある。

 

相場が1万円の商品を6千円で出品したら、問い合わせもそこそこにすぐに購入者が決定する。
出品から1時間も経たないうちに、近所のコンビニに持ち込んで配送手続きを完了させられる。

 

僕は時給で働いている。僕のアルバイトの給料は、仕事の成果に対する報酬ではなく、労働時間に対する報酬だ。

仮にものすごい太客を捕まえて店の売り上げを30%アップさせたとしても、給料は変わらない。出勤時間が減れば給料は減る。ものすごい太客を捕まえたことは影響を及ぼさない。

それが時給だ。

 

会社にとって僕の労働時間はコストだ。たくさん働かせることは、たくさんのコストを支払うことでもある。

 

出品してから購入者が決定するまでの時間、僕はメルカリのことが頭から離れないでいる。僕の時間や脳の容量をメルカリに支払いつづけている。


購入希望者何人かとコメント欄でやり取りをしながら4〜5日かけて1万円で売るなら、6千円で出品をして、小一時間で発送を完了させる方が利益は大きいのかもしれない。

 

僕の時間にどれだけの価値があるのかはわからないけれど、気にかける必要もコメント欄でやり取りする必要もある状態で4〜5日過ごすことは、少ないコストではない。

表面的な利益は多いけれど、受け取る金額とは別の部分で支払うコストも多い。


小一時間でまとまるなら表面的な利益は小さくても、受け取る金額とは別の部分で支払うコストが圧倒的に少なく済むので、トータルではこちらの方が利益は大きいかもしれない。

 

僕の時間と考えるからわかりにくいけれど、人気アーティストの時間と考えたら、答えは言わずもがなだ。

時間をかけるほどに利益は小さくなる。

 

希望の利益とコストのバランス…。まぁ、それ言い出したらすぐに身につけなくなるような服を買うな、って話になる。そもそもの話に立ち返るだけだ。
気に入ったものだけを買って、ちゃんと愛でることが一番の低コストだ。