いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

有効期限は平成36年まで

還暦を過ぎた父の運転で5年ぶりに警察署を訪れた。

親同伴で扉をくぐる。

「説得をされて出頭した息子」と表現することに違和感のない風貌だが、今日は違う用だ(いやいやこれからも)。親には言えないような生活ぶり・金の使い方(クレジットカード様様)をしているけれど、警察の世話になるようなことはしていない。

運転免許証の更新のためにやってきたのだ。

 

18歳で免許を取得した。

足掛け10年超、3度の免許の更新を乗り越え、未だに無事故無違反。ゴールド免許のペーパードライバーだ(取得直後に1度運転をしただけ)。

乗る機会がないというのもあるけれど、機会があっても乗りたくない。僕は運転に対して苦手意識を持っている。筆記試験は1発合格をしたけれど実技試験に合格することができたのは3回目だった。

地元に戻って就職をすることに積極的になれない1番の理由はここかもしれない。

親との同居や地域との関わり(逃れられない田舎の宿命)旧友との関係等々、戻らない(戻りたくない)と考える理由は人それぞれあるけれど、僕にとっては車での生活が1番のネックになっている。

 

正面左に免許更新の受付カウンターがあった。

免許証と更新の案内用紙を提出する。

受付の人から渡された用紙に個人情報等の記入を行い、ソファに座って順番を待つ。

「なんでいるんだろうな?」当初のぼやっとした疑問が一旦の待機を経て、かっちりとした疑問となった。

父はなんで待合室に一緒にいるんだろう?

 

父と僕は誕生月が同じだった。偶然の巡り合わせで父も免許の更新を行うのだと思っていた。一緒に警察署に入ったのはその為だろうと。

当然のようにソファに座っている父、当然のように困惑をする僕。

名前を呼ばれて視力検査を行うのも写真を撮影するのも僕1人だけ。父は相変わらずソファに座ったままだ。

 

万が一、地元の同級生に顔を合わせてしまったら。僕の中で警戒が芽を出し、急速に育っていく。

万が一同級生が警察署内で働いていたら、用があって来ていた同級生に遭遇してしまったら。

声をかけられたらどうしよう、父と一緒にいることに気づかれてしまったらどうしよう。

遭遇するだけでも嫌なのに、父と一緒にいるところを見られるなんて不運の上乗せに他ならない。違法風俗店でぼったくり請求をされてもめているところに摘発のために警察が突入してくるようなものだ。

 

父の同席を肯定的に捉えるには一つの理由を信じるしかなかった。それを信じることでしか僕は父と一緒にいることを同級生に見つかる恥ずかしさから逃れられなかった。

「更新手数料の支払いは父が行う」

 

金属バットは甲高い音を上げて外角に逃げていく変化球を捉えた。風に乗った打球はセンターバックスクリーン右へと飛び込む。

試合を決定付けるツーランホームラン。

習志野高校の初優勝の夢を打ち砕くツーランホームラン。

名前を呼ばれて会計に向かう僕。微動だにしない父。期待は打ち砕かれた。

父は同席をしていただけだった。

 

30分のビデオ講習を受けるために移動をするとき、父が声をかけて来た。

「お父さん車で待っているから」

お父さん、車で、待っているから。

若禿の男と初老の男性の関係性を周囲に知れ渡らせる言葉が署内にこだまする。

 

最初から車で待っていればよかったのに…。講習のビデオを目で追いながら、頭の中は父に対する疑問でいっぱいだった。

ビデオ講習を終え、完成した新しい免許証を受け取って警察署を出る。「有効期限は平成36年と表記されていますが、新元号の令和になってからもご使用頂けますのでご安心ください。」

 

免許証には「説得をされて出頭した息子」と表現するのがよく似合う顔写真が貼られていた。

髭くらい剃ればよかったな、と思いつつ駐車場で待つ初老の男性の姿を探した。