いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

優先順位と鎖でぐるぐる

アラーム以外でスマホが鳴るのは、バイト先からのシフトの相談と、実家から正月や盆は帰ってこれるのか?という連絡の時だけ。


僕のスマホは問い合わせフォームとして機能しているだけだ。通話機能付き小型パソコン。通信機能付きデジタル目覚まし時計。

OK、アレクサ。孤独死(僕が)した時にアパートの大家さんに迷惑をかけない方法を教えて!

 

知人からの連絡や、今は亡きお友達からの連絡は、1番最近のやつで2年半以上前の結婚式のお誘い。

お友達を「今は亡き」と表現するのは、おこがましいという感覚と、もう違うだろうな、という感覚とによる。


なんだろう、服屋の失効したポイントみたい。当時は頻繁に通ってたんだけどね、と懐かしむことしかできない。

 

当時を振り返って、高校の時に友達だった、と言うことは出来る。同級生も僕のことを、高校の時の友達、と言ってくれるだろう。
だけど、今その人について友達だと言うのはおこがましい。同級生の方も、今僕のことを友達だと言うのはなんか違うな、と思うだろう。

 

嫌じゃないけど、もう違うんじゃない?って。

どうしよう、それは嫌、ってはっきり言われたら。

 

元彼って言えても、彼って言えない。
元ミス慶應って言えても、ミス慶應って言えない(ミス慶應に立候補するような人は何年経っても言えちゃう?)。


元ミス慶應に、私って芸能人だと誰に似ていると思う?って聞かれて、本仮屋ユイカですって言えても、假屋崎省吾ですって言えない。モトは外せない。

 

その理屈(元彼 → 彼 X)で考えれば、元・友達なのだ。同級生にとっての僕という存在は。

 

大学を卒業して6年半が経った。卒業した直後の一年くらいは四季の移ろいよりも次の連絡の方が早かったと思う(一般的にはものすごく遅い)。

最初の一年を過ぎてしまえば、機種変更しました、の一斉送信メールが年に1通くるかどうか。

 

しかし、最近は寂しさを感じることが少なくなった。
初めて連絡0件で年を越した時は寂しかったけれど、恋人がいないクリスマスと同じようなもので、1回経験してしまえば、2回目以降はなんてことない。

なんなら、1人で過ごすクリスマスの方が、未だに上手く消化できていない。恋人と過ごすクリスマスの経験がそもそもないのに、一人で過ごすことに抵抗がある。
毎年、抵抗を抱えたまま一人で過ごしている。

 

携帯電話を初めて買ってもらったのは、中学3年の1月。

兄貴は中学3年の3月だった。卒業式の直前でやっと買ってもらえて、当日に駆け込みでアドレス交換をしていた。

僕もそうなるものだと思っていたから、お昼食べ終わったら買いに行くぞ、と父に言われてびっくりした。

経緯はわからないが、祖母が父を揺さぶってくれた。

 

近所の子はみんな携帯を持っているに、あのこばっかりかわいそう…。

 

せっかくの休日に、独り言か婿養子に対する小言かわからない微妙(僕にとっては絶妙)な距離で祖母にそう言われ続け、父が根負けした。


婿養子の肩身の狭さって奴に、今となっては同情するが、当時は奇跡が起きた!!!とただただ喜んでいた。

 

僕が中学・高校の頃は、チェーンメールというものが流行っていた。

不幸の手紙のメール版。

このメールを10人以上の友達に送らないと、あなたに災難が降りかかる、みたいなやつ。最低10人、多いときで30人くらいまであった。

 

昨日のあのチェンメさぁ(チェーンメールはそう略されていた。僕の地域だけ?)、なんなの?10人以上に送らないと、登録済みのメールアドレスが全て消去されるってやつ。さすがにそれは無理だろ、って思っちゃったわ。一応10人に回したけどさ。

 

ほんと意味わかんねぇよな。俺も一応送ったけどさ。びびったわけじゃないけどね。

 

その話題で休み時間を盛り上がる。3人で共通の話題として取り上げる。

へんなチェンメが来た、一応10人に送ったけど、びびってはいない。あえて乗っかって楽しんでいるんですよ、あえてね、あえて。

 

つなげよ!俺も鎖で繋げよ!

 

両手・両足ぐるぐる巻きにしたっていいんだぜ。柱と右足首にそれぞれ結びつけて、行動範囲を半径2メートルに制限するちゃちなやつじゃなくてさ。身動きできないぐるぐる巻きにしたっていいんだぜ。

 

3人で盛り上がっていて、僕だけがそのチェーンメールにつながれていないことが多々あった。2人がそれぞれに選んだ10人に僕が含まれていない。

僕にも届いたと思って喋っているのだから、お互いに俺は送ってないけどお前は送ってるよな、と思っていたのだろう。

 

届いてないよ。

その鎖に僕は繋いでもらえなかったよ。

 

今思えば、それこそが象徴的なものだった。

僕は優先順位の低い友達なのだ。

 

みんなで遊ぶ時の(みんな)に含まれることがあっても、あいつらと遊ぶときの(あいつ)にも(ら)にも含まれていない。

大学を卒業してフリーターになってからやっと気がついた。

 

小・中学校の友達とは、高校進学後に連絡を取っていない。高校の友達とは、大学進学後に連絡を取っていない。大学の友達とは、卒業後に連絡を取っていない。

 

高校までは卒業後に進学先があった。進学先にはクラスがあり、その中で誰かと仲良くする必要があった。
この中のだれかと仲良くするしかない、という状況が必ずあった。

 

でも、大学を卒業した後の行き先にはそれがない。無理に仲良くする必要はない。仕事に差し支えのない程度の仲で十分になる。

 

卒業後、だれとも繋がれていないことにすごく悩んだ。寂しさを感じていた。
だけど、自分が優先順位の低い友達であることや、昔から卒業した後も繋がり続けていた友達が1人もいなかったことに気がついたら、随分楽になった。

 

急に周りから人がいなくなったんじゃなくて、もともと周りに人はいなかった。
手にしたものを失った、みたいに考えていたから、ひどく悩んでしまったのだ。


なんていうのかな、バイト辞めるときに制服を返すみたいなもんだ。在籍中だけ好きに使えるレンタル品だったのだ。

 

繋がれていないことに寂しさはあるけれど、不幸かどうかはよくわからない。幸福と言えるほど解放感を感じていないけれど。

でもあれだ、これは自由の象徴だ!みたいな、そんな無理なポジティブには縛られたくない。

そんな鎖にぐるぐる巻きにされるのは真っ平御免だ。