いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

心当たり。

そういえば、両親は僕の生活のほとんどを知らない。

アパートの住所と、バイト先。あとは年収くらいだろうか。

どんな人と付き合いがあるのか、とか、バイトの時間以外は何をしているのか、とかを全く知らない。

知ったところでいいことなど一つもないとわかっているのか、聞いたあとに少なからず変化してしまう関係性が今よりもましなものになるとは思えないからなのか。

 

でもまぁ、ろくな生活を送っていないことは理解しているだろう。布団から抜け出すのはいつも夕方だ。日焼け対策など一切しなくても日に焼けはしない。

キャバクラ嬢とほとんど同じようなタイムスケジュールで生活をしているはずだ。

 

 

 

遠くの方で音がしている。たぶん、うるさい音だ。

まどろみを抜け出した私は少し苛立った。うるさい。さっき遠くで聞こえていた音が耳元で鳴り響く。

 

アラームを止め、スマートフォンの画面を見つめる。寝起きの目に明かりが刺さる。目を細め、LINEのチェックする。

目を細めることに効果があるのかはわからないが、普通に開いていては文字が全く読めない。

 

店からのLINEを見て、今日が特別な日だということを思い出した。開店5周年だった(開業?オープン?確か正式な名称があったけれど忘れた)。

佐伯さんにLINEを送ってみる。

「佐伯さんに会いたいなぁ」

「…」で余韻を残そうか、たまには「♡」で甘えてみようか、と考えながら、下手に見抜かれそうな嘘をつくくらいなら正直に売上が必要な日だと伝えてお願いをしたほうが得策なのではないかと思う。

 

佐伯さんは気持ち良く払えるようにお膳立てすれば出し惜しみをしない。システムエンジニアとはそういう人種なのだろうか?

 

 

 

取引先との商談を終えたのは18時ごろ。会社に報告の連絡を入れようとジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出すと、珍しくLINEの通知が来ていた。

共働きの妻から娘の保育園の迎えを頼まれる以外、私のスマートフォンにLINEの通知は届かない。

差出人は「田所(SE)」だった。ロック中の画面に表示されるのは「至急確認をお願いします」の一言のみ。

 

サエからLINEが届くのは珍しい。まだ月末ではないのに。この時期に売上が必要なのだろうか?

 

「田所(SE)」のSEは「サエ」を表している。

 

連絡先の交換は初めて指名をした日に行った。私がLINEの交換を渋っていると「大丈夫だから」の一点張りで半ば強引に押し切ってきた。何が大丈夫なんだと疑っていたが、彼女のアカウント名を見て納得をした。これは賢い、と感心をした。

 

妻帯者がキャバクラ通いをする中で生じるリスクをこの子は自らの工夫で回避している。「田所(SE)」と表示をされれば、妻が通知に気がついたとしても仕事関係のシステムエンジニアだと判断される可能性が高い。

加えて、こちらから返信をするまでは「至急確認をお願いします」や「確認したいことがあります」など業務的な一文しか送ってこない。

初対面のときは「この子がNo.3じゃ大した店ではないな」と思ったが、とんだ見当違いだった。固定客が付くのも納得だ。

 

 

 

店長からのLINEを見て、どれだろう、と思った。「確認したいことがあるので15時に事務所まで来てください。」と言われても心当たりが多いだけに心の準備が難しい。

 

割り箸やお絞りを自宅で使うために持ち帰っていることだろうか?

まかないを麺大盛り+チャーシュー5枚のスペシャルバージョンにしていることだろか?

それとも休憩時間が微妙に長いこと?でもそれは途中で煙草休憩に行かない分と考えて見逃してくれてもいいと思うんだけど。

 

15時丁度に店に着く。10分前に着くのは、怒られることがわかっているみたいだと思ってやめた。

怒られるとわかっていることが店長にバレたら不利になる。怒るのを有利に進めさせないためにも呼び出された理由がわからない体を装う。出来るだけ軽く、しかしその軽さで苛立たせないように気をつける。

 

「おはようございます」いつも通り挨拶をする。

事務所の中には店長が一人。ほかの社員もパートさんもいない。

「まぁ、こっちに座って」背もたれのついていない丸椅子に案内をされる。

 

来たな、と思うが「来たな」は怒られることを想定していた人の反応だ。「ん?なんだ?」と良くないことが起こりそうな予感は抱えつつ、思い当たる節がないかんj...。

「お客さんからクレームがありました。かなり怒っていました。」

想定していなかった展開に動揺してしまう。まさか最低賃金で働いている人間に対してクレームを入れる人間がいるとは...。

 

呼び出しの理由がクレームなのは想定外だが、そうとわかれば話は早い。店長から指摘されるまでもなく、自分の接客でクレームを受ける可能性がある部分をしっかりと洗い出すことができる。

俺は客観性には自信がある。故に心の準備が難しい。

心当たりが多すぎるのだ。