いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

僕の頭上で小渕と黒田は

高校、大学の時は2週間に一度。

大学を卒業して以降、少しずつ間隔は短くなっていった。

 

10日→7日→5日→4日→3日。


坊主頭を整え直すべく、バリカンを稼働させるまでの間隔が短くなる。

 

だいたい2週間に一回。大学の時に同じバイト先の女の子にバリカンを使う頻度を聞かれてこう答えた。

伸び方が均一じゃないからでこぼこしてくる。それにほら、こうやって寝癖も付いちゃうから、という補足も添えて。

 

女の子は驚いていた。

どれが?寝癖ってどれが?でこぼこもわかんないんだけど。

超ウケる、という嘲笑が彼女のバックグラウンドミュージックとして再生されていることを見逃して、ここ、ほらここ、と寝癖を指差す。

 

本当にわからないらしい。興味のない男のほんのちょっとの寝癖なんてものは、指さされてもわからないものらしい。

 

その子はバイトの休憩時間中に、彼氏がネイルの色を変えたことに気がつかないこと、もともとその色じゃなかったっけ?と言われたことに激怒していた。

 

興味のある女の(付き合っているのだし)10本の指先の色の変化に気がつかない彼氏の罪深さに比べたら、彼女が僕の寝癖に気がつかないこと(指さされたとて)は前科持ちにならない程度の罪なのだろう。コンビニで自分のより綺麗なビニール傘を持ち帰るぐらいのことなのかもしれない(やられた方は腹たつけど)。

 

寝癖がつくからバリカンで刈る。でこぼこになってくるから均一に整え直す。

大学時代はそれでよかった。

 

バリカンの電源を入れる。モーター音が鳴り響く。ちょっとうるさいくらいで丁度よく、大人しく感じる時は充電が必要。そのまま使い始めると、途中でモーターが回転をやめてしまう。

口数の少なくなってきた友人がいつのまにか寝てしまうように、刈り上げている途中に止まってしまうのだ。

充電待ちで綺麗に刈り上げた坊主と中途半端に伸びた坊主が同居している様は、情けなくて目も当てられない。

 

僕はバリカンを右手に持ち、右側から刈り上げてく。右から中央、左手に持ち替えて左から中央、最後に後ろ。その順に刈り上げていく。

 

モーター音と髪の毛が刈り上げられる音が重なる。伸びやすい箇所では刈り上げられる音が大きくなり、あまり伸びない箇所ではモーター音が大きくなる。

曲のパートによってリードボーカルが入れ替わるコブクロのような音の重なり。僕の頭上の小渕と黒田のハーモニー。

 

しかし、綺麗にハモっていたのは昔の記憶。今では右から中央に行っても、左から中央に行っても、ほとんど全てのパートでモーター音がリードする。

中央に向かうにつれて、モーター音はさらに大きくなっていく。黒田がぐいぐいと出しゃばってくる。

 

この曲には本来、小渕がリードするパートがもっとたくさんあった。譜面通りに演奏をすれば、黒田がリードするパートは半分にも満たない。

 

両サイド(の端っこ)と後頭部を刈り上げている時のみ、小渕は黒田をサポートに回らせてリードボーカルを担う。

しかし、それ以外の全てのパートでは黒田が出しゃばくる。小渕を押しのけて、大きな体をくねらせて熱唱をする。

小渕の歌声はかき消され、少しずつ聞こえなくなっていく。

 

頭頂部の周辺では、もはや黒田の声しか聞こえない。小渕の歌声は全く聞こえない。


小渕は?小渕は何をしているの?

 

彼はマイクから離れて、ステージ上をふらふらとしている。ステージの一番前まで出てきて、身を乗り出すようにしてギターをかき鳴らす。

彼はもう自身の歌声で観客を盛り上げることを諦めてしまったようだ。

 

寝癖や長さの不揃いを理由にバリカンを使っていた時代が懐かしい。今ではもう、センターラインと両サイドのコントラストが強調されすぎないようにバリカンを使っている。
コントラストが強くなる前に刈り上げる。それが3日に一度のペース。禿げが目立たないギリギリの間隔。

 

センターラインでの小渕は、今日もマイクの前を離れてステージ上をふらふらとしている。ステージ一番前まで出てきては、身を乗り出すようにしてギターをかき鳴らしている。

 

黒田は今日も、その大きな体をくの字に曲げて、自分のパートと小渕のほとんどのパートでリードボーカルを担っている。

 

かつてのように綺麗なハーモニーが僕の頭上で響くことはもうないだろう。少しずつ少しずつ、小渕のパートは削られていき、少しずつ少しずつ、これは黒田のソロ曲なの?と思うような譜面へと変化をしていく。

 

僕の頭上で小渕と黒田は、少しずつ関係性を変化させていく。