いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

単純合計を下回る

改札をくぐる。1、2、3、4。

4両分歩いてホームの端に行く。

改札から4両離れた場所を目指すのは、降車駅で改札がすぐ目の前にくるからだ。

 

各駅停車しか止まらない最寄駅は、朝の出勤時間帯を除けば、いつ行っても空いている。

誰かの後ろに並ぶことがなければ、誰かが後ろに並ぶこともない。各ドア1人が当たり前だ。

 

いつものように改札から4両離れた場所を目指す。車両ごとに4つある乗車位置の、手前から2番目を僕は選んだ。

 

ホームの端から端まで見渡すが、他に待っている人は改札のすぐそばの乗車位置に1人いるだけ。大学生らしき男の子がスマートフォンの画面をじっと見ている。

 

スマートフォンと目の近さ、覗き込む首の角度。離れた場所から見ていると、その姿は異様だと思う。

そこまでしなきゃいけないの?

そんな窮屈な格好で小さな文字を覗き込まなきゃいけないの?

そこまでして手に入れる価値がその情報にはあるの?

 

直後、ポケットからスマートフォンを取り出してSNSをチェックする自分がいる。

誰かから連絡が来ているわけでもないのにスマートフォンを取り出し、自分とは何の関わりもない人の投稿をチェックする。何か有益な情報が得られることを期待しているのだ。

有益な情報(ばかり)を収集している他人をどこかで嘲笑しながら、自分も同じことを日々行なっている。

 

部屋を出る直前、つまり10分前にもSNSのチェックをしていた。

たかが10分、されど10分。

それなりに情報は更新されていて、それなりに有益な情報も得られた。

 

有益な情報に触れる一方で、「得た」ということがそれ以上何にも進まない。気がついてはその度に目をそらす。

有益な情報を「得た」「得た」「得た」「得た」「得た」「得た」後に何かが変わることはない。

瞬間的な意識や行動の変化があったとしても、数日単位で見れば得る前と同じ自分に戻っている。戻る、と表現するほどの変化があったのかどうかすら怪しい。

 

ヨーグルト、フレッシュジュース、スムージー。玄米、雑穀、有機野菜、スーパーフード。

体にいいものだけを摂取する不健康そうな人をたまに目にする(何らかのメディアで)。

プラスの要素だけを組み合わせてプラスの方向にだけ積み上げたはずなのに、その仕上がりは単純合計を下回る。不思議。

 

有益な情報を獲得し続けただけで、僕という人間が社会にとって有益な存在になる。そんなことはあり得ない。

 

何も運動をしないぶよぶよの体のおじさんが正しい鍛え方を知るよりも、ジムのインストラクターが知る方がいい。

上下グレーのスウェットで一日中部屋で過ごすおばさんがトレンドを知るよりも、読者モデルが知る方がいい。

具体的な思考や行動が伴うことでその情報は有益になる。情報は宝石や美術品ではない。所有するだけでは不十分なのだ。

自分が有益な情報を得ようとしているくせに同じことをする他人を嘲笑してしまうのはこれが理由なのだろう。

知ってるからなんだっていうんだよ!(書いたそばから自分にぐさり)

 

すっかり冷えた指先とスマートフォンをポケットにしまう。

 

改札を通ったおじさんがこちらに向かって歩いてくる。1、2、3、4。

4両分歩いてホームの端にやって来た。

おじさんも僕と同じ駅で降りるのだろうか?

 

がら空きのホームで、しかも改札から離れた場所で同じ車両を選ばれると引っかかるものがある。

僕がおじさんの立場なら同じ車両は選べない。選ぶとしても、先にいた僕に対して心の中で(もしくは聞こえないように)舌打ちをしてから一番奥の(4番目)乗車位置を選ぶ。

隣は選べない。1番目と3番目は消える。

 

4両目まで来たおじさんは僕のうし(やっぱり4番目の乗車位置か)、僕の後ろで止まった。

改札から4両目、各車両4ドア、乗車位置は16カ所。僕と大学生が立っている2カ所を除いて空きは14カ所。

背中を冷たい汗が流れ落ちる。

おじさんの目的は何だ?

身体?鞄?それとも命?

縁起でもないことまで頭の中を駆け巡る。

 

こんなことになるならば、さっきスマホで護身術について調べておけばよかった。

この状況でなら、獲得した情報が有益になる可能性は十分にある。