いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

地元を好きな気持ちに嘘はないけど、帰る理由がないのもまた事実。

今年の誕生日に父から届いたメールには、

「あと2年で30歳です。今後のことをしっかり考えるように。」

ということが書かれていた。

 

添えられていた、ではなく、それだけが書かれていた。

 

祝福は?

 

可愛い可愛い息子のお誕生日だというのに、お祝いの言葉もなく苦言を呈するだなんて。

まあ、いいけど。

 

父の性格を考えたら、よく我慢しているな、と思う。

大学まで行かせてもらったのに、このご時世に奨学金を借りないで通わせてもらったのに、30手前でまだフリーターをやっている。

 

鉄拳制裁をするような人ではないけれど、ぶん殴ってやろうかと考えたことは一度や二度ではないだろう。

 

メールを見て、ラインじゃなくてメールを見て。やってないからね、僕が。

 

28歳、都内在住。

浮世離れってやつでしょうか?いいえ、友達がいないだけです。

 

メールを見て、やっぱ30歳なんだな、と思った。父にとっての精一杯の我慢が30歳だったんだな。 8年だもんな、長いよな。

 

帰って来なさい、と言わないのもまだ我慢していることの一つなのだろう。

 

地元に帰る・・・数日の帰省は年に2回くらいするけど、帰るとなると話は違う。永住するとなると話は違う。

 

地元は好き。

東京は普通。

いつでも辞められるアルバイト。

 

どの面下げて帰ればいいのかわからないけど、帰るくらいはなんてことない。

帰ることを拒んでいるわけではない。

 

30歳になったから地元に帰る。

 

わからんではない。

たぶん理由としては十分。

 

東京に夢破れた若者が再起を誓うには、年齢としても場所としても丁度良い。 30歳で区切りを付けたってことにしてしまえば、噂が噂を呼ぶ田舎にも帰りやすい。

 

噂が噂を呼び、大きく飛躍するフェイクニュースタウンI.NA.KA。

本当のことを言ったところで色々と尾ひれがついてしまうのだ。30歳で区切りを付けたことが捻じ曲げられなければ、それはもう正しく伝わったようなものだ。

 

地元は好き。嘘偽りなく。

 

僕の行動範囲の狭さが原因なのだろうが、僕にとっての地元って、家と学校の間にあるものくらい。

 

大学を卒業して今のアパートに引っ越しをするときに対応してくれた業者の方が同郷だった。唯一誘ってもらえた結婚式用のスーツを新宿で買ったとき、フィッティングを担当してくれたのも同郷の方だった。

 

二人とも県どころか市まで同じで、どうやら学区も隣同士くらいの近さらしい。しかし、僕はわからなかった。

 

ものすごく近所じゃないですか!と同調はしたが、全然ピンと来ていなかった。

僕が知っている地元はその程度なのだ。

ものすごく狭い範囲しか知らない。

 

家は好きだし、学校もなんだかんだ好きだったし、その範囲内については愛着もある。当然、地元という感覚もある。

 

でも出身の県、出身の市町村となるといまいち愛着も地元という感覚も得られない。

道が一本違うだけでも。

 

道が1本ちがうだけで、知ってはいるけど知らない場所になってしまう。

法事の時にだけ顔を合わせる親戚のおじさんみたいな。親戚ってことは知っているけど、喋ったこともないし仕事は何をしているのかも知らない。そんな存在。

 

東京にとどまる理由はない。なんとなく大学を卒業した後に住んでいる場所でしかない。

 

でも地元に帰る理由もない。

 

改めて考えてみて思ったけど、地元に帰るだけの理由がない。就職するためでは理由として不十分だ。

地元に帰るのに十分な理由になるものが思いつかない。

 

学生でなくなった今、家だけが僕にとっての地元なんだと思う。地元っていうか、実家。それ以外に現在進行形で思い入れのある場所がない。

 

育った地域は好きだけど、家を中心にその感情は形成されている。だとすると今はやっぱり帰るだけの理由がない。

 

家がそこにあって、家族がそこにいれば十分。健康なら尚良し。

そんなもんだ、今の気持ちは。

 

たぶん、まだ帰らない。