いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

受け身はまだ、自然にできないようだ。

入荷連絡を受けた翌日、僕はお店へと向かった。

頭の中をぐるんぐるんと回っているのはポイントが貯まり金券と化したメンバーズカードの使いみち。インスタグラムで紹介されていたスニーカーが欲しかったのだ。目当ての品はコンバースのチャックテイラー。

サイズが合えば買っちゃおうかな、好みの色が残っていれば買っちゃおうかな。そんなことを考えながらお店を目指していた。

 

店員さんはどうやら僕の顔を覚えてくれているらしく(どういう意味でかはさておき)、暖かく迎え入れてくれた(勘違いでなければ)。

気になっていたスニーカーを見せてもらう。

自分のだいたいのサイズを伝えると、まだ在庫がある、とのこと。試着をさせてもらうことにした。

 

試着しながら「海外製のコンバースはナイキが作っている」という話を聞き、素直に驚いた。驚きながら、すごく不安になった。これを知らないってところから御里が知れるのではないか…。

不安が渦巻く中「いや、待てよ」とあることに思い当たる。そういえばやけに商品説明が多いぞ、と。入門編みたいな情報ばかりじゃないか。

知識を有している者同士の会話であれば省略されるはずの情報のすべてが僕に対して提供されている。

チャックテイラーとオールスターの違いを丁寧に説明されている時点で、僕の御里は知れていたのだ。ナイキが作っているという話に驚く以前に、その話をされていること自体が御里が知れていた証拠だ。

 

足を入れ、紐を縛り、立ち上がる。

サイズはこれで良さそうだ。オールスターに比べると窮屈さを感じないし、インソールの違いからかは着心地も良さそう。

買うつもりで履いて、履いてみて好感触で、さて困ったのが「これ、お願いします」と伝えるタイミング。あまりに早く伝えるとちょろい客だと思われそうで嫌だった。

どうせ買うけど、「どうせ買うんでしょ?」と思われないように適度に時間を掛ける。一通り悩むふりをした後に「これ、お願いします」と伝えた。

店員さんは緊張が安堵に変わっただろうか?

僕は変わったよ。変に演技をしていたぶん、一仕事終えた気分になった。

 

会計のあと、メンバーズカードの更新も行った。改めて生年月日や住所などの個人情報を用紙に記入する。

「いわにしさんって、今29歳なんですね。僕より年下だったんですね。」

何気ない店員さんの一言に難しい舵取りを迫られた。

 

なにか言わなければ。なにか絞り出さなければ。

歯磨き粉のチューブを下からくるくる、くるくると巻いて僅かな残りを先端に絞り出すように(力を緩めると、ちゅるんと中に戻ってしまうくらいの状態だ)僕はなんとか返答をした。

「いやー、老け顔なので」

不自然な間の後に絞り出せたのはたったこれだけ。

間の不自然さを吹き飛ばすくらいの軽やかさでもって冗談めかすことが出来ればよかったものの、それすらも上手く出来なかった。

 

店員さんの口からは明らかに失点を取り返しにかかる言葉が飛び出した。

「すごく落ち着いているので年上かな、と思ってました。」

中学生になったばかりの甥っ子じゃないのだ。その表現は三十路の禿頭には褒め言葉にならない。

 

自己発信の自虐としては「禿げ」を利用できるのに、受け身として「禿げ」を利用できない。自分の中にまだ捨てることが出来ていないプライドを発見してしまった。

年下だったんですねと言われた直後に「老け顔だしめちゃめちゃ禿げてますし、そうは見えないですよね」と切り返すことが出来ていたら、お互いがどれだけ楽だったろうか。

 

店にいかなくなる理由なんていくらでもある。他の店より高いとか、店員の態度が悪いとか、欲しかったものが売り切れていたとか、常連と仲良くしていて私には居心地が悪い、とかとか。

大なり小なりいろいろと理由がある中で、各々にとっての重要度が違う中で、「年下だったんですね」は決定打になりうる。不自然な間があいた僕の反応をみてヒヤッとしたことだろう。

 

予約をしていた商品とチャックテイラーの入った袋を抱えて気分よく店を出た。次に店に行くのは受注会のときだろうか。インスタグラムを見て欲しい商品を見てしまったときだろうか。

「年下だったんですね」は僕にとっては決定打にならない。実際に老け顔だし、禿げているし(ほら、自虐ならスラスラ自然に!)。

不自然な間の後お互いに口数が少し多くなったことが、むしろ愛おしい。

用があればもちろん行くさ。