いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

その時がきたら買い直せば?

家具の配置を変えてから(模様替えって言うのか?)一週間が経過した。色々と悩んだけれど行動に移して正解だった。

エアコンの風が直撃しない位置での睡眠はすこぶる快適だ。

 

せっかくの機会なので部屋の中のいらないものを処分している。正確には「要らなくはないけど必要ではないもの」だ。

「別れるほどではないけど、もうそういう種類の好きではない」とよく似ている。一緒に買い物に行くのは平気だけど手を繋ぐのはムリ、みたいな感じだ。外食のときに「一口ちょうだい」と言わなくなった私の気持ちの変化に、この人は気付いているのだろうか?

 

今回は本を中心に処分した。すごく悩んだけれど、本棚として利用していた3つのカラーボックスを1つに減らして、その中に無理なく収納できる分だけにした。

服や靴、家電やDVDなんかも同時に処分したけれど、それらは本と比べると簡単に手放す決心がついた。

サイズが合わないとか趣味が変わったとか、理由がはっきりとしているからだろうか。なんだかんだすでに代わりがあって、そちらを愛用しているからだろうか。

 

もうお互い大人だし、わざわざ言葉にして関係性を変化させるってことはしないけど、でも彼との間にあるものはすでに恋人のそれと変わらないし、それはかつてあなたとの間にもあったものだけどごめんなさい、今はもうないわ。

だからもう別れましょう。

あなたと私との関係性はわざわざ言葉にして変化をさせる必要があると思うの。

 

「読み返さないから」そう思って手放すことを考えるのだが、本に限ってはどうも手離れが悪い。処分の方法がメルカリだろうが、廃品回収だろうが、古本買取業者への依頼だろうがそれは変わらない。

ダンボール箱に詰めて実家に送り込むことが頭をよぎり、それが通り抜ける前に首根っこを捕まえて追い返した。

今のアパートに引っ越しをするときに大学のときの教科書やレポートをダンボール箱に詰めて送ったが、あれから10年、中のものを何一つ読み返してはいない。それどころか実家にまだあるのかすらわからないし、なんなら実家に届いた事実があるのかどうかすらわかっていない。

 

色々と悩んだけれど「どうしても手放せない」と感じた本(今のところ読み返す予定はないけど)以外は処分することにした。処分した本の中にまた読みたいものが出てきたら買い直せばいいじゃん、と。

作者の心を支えているのは読者かもしれないけれど、生活を支えているのは購入者だ。

処分が進まず手離れの悪さに悩んでいた自分を言いくるめるために捻り出した言葉に、本当そうだよなぁ…となんだかしみじみとしてしまった。生活が出来なければ書くのをやめてしまう作者も当然いるはずだ。

 

どう考えたって「立ち読みしたけど最高でした」よりも「また買って読み直したけどやっぱり最高でした」の方が作者の心も生活も支えられる。

読みたくなったらその度に買えば良いのだ。

読み返した経験がほとんどないのに何を偉そうに、と思うけれど、楽しませてもらっているこちら側の姿勢として読む度に買うってことはすごく自然なことと言うか、本来そうあるべきものなんじゃないかな、と。

部屋のスペースを確保するための言い訳だけど、でも本当にそう思う。

 

先週の火曜日と土曜日、牛めしを食べるために松屋に行った。火曜日にお金を払って食券を買った。土曜日もお金を払った。

牛めしを食べる度に食券を買っている。毎回お金を払っている。それが当たり前だと思っている。

 

楽しませてもらう側が、楽しませてくれる人にお金を払う。そんなの当たり前のことじゃないか!

 

十分に言い訳をして自分を言いくるめたおかげで部屋の中はすっきりと綺麗になった。

めでたし(?)、めでたし(??)。