いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

配置のお悩みエンドレス

位置が決まらない。家具の配置がしっくりこない。

六畳一間のアパート暮らしでは快適さの大半が家具の配置で決まると言っても過言ではない。

 

今住んでいるアパートは築30年ほどの物件だ。契約をしたときすでに築年数は20年を超えていた。

築浅の物件を選べないことを肯定するために、築10年にも満たない物件ばかりを好んで内見をするやつはド変態の物件ロリコンだ、と思うことにしていたのは懐かしい思い出だ。

その時選んだ物件から未だに抜け出せないでいるのは嬉しくない現実ではあるけれど、物件に罪はない。

 

これまでにも何度か部屋の中の家具の配置を変えてきた。一番最初の配置と変わっていないのは、冷蔵庫くらいだろうか?シルバーラックや本棚、机などは配置がコロコロと変わっている。

配置を変える度に、今までより快適になったな、と思う。この六畳間とこの家具の組み合わせでこれ以上の配置はもう思いつかないぞ、とも。

今の配置はこれまでの配置の中で最長で、もうかれこれ2年くらいは採用されている。

 

断捨離で家具を減らす以外の方法で今以上の配置は思いつかない。

減らしていい家具も今の部屋の中にはない。

 

今の配置を変えようと思っているのは、寝るときにエアコンの風が直撃するからだ。エアコンの真下・風の向きに布団を敷くので、どの向きで寝ても風が直撃してしまう。

顔面か足先のどちらかを直撃し続けることになり、目覚めはいつもだるさや乾燥とセットで訪れることになる。

 

遅番でバイトをしている僕にとって、これからの季節にエアコンを使わずに寝ることは考えられない。

エアコンの代わりに窓を開けて網戸にしても、意味はない。部屋の中に侵入するのは熱風と網戸の目よりも小さな虫の2つだけだ。地元で過ごした日々のような気持ちのいい風は入ってこない。

 

朝から昼にかけて睡眠を取る僕。

朝から昼にかけてぐんぐんと上昇する外気温と室温。

目覚めの時間に向けて雑巾を絞り上げるように体内から水分が奪われていく。

 

エアコンを使わずに寝れば、上昇する室温の中で汗をダラダラとかき、干からびる寸前に目を覚ますことになる。

エアコンを使って寝れば、直撃する風に体をきんきんに冷やされることになる(冷房として設定できる温度の上限にしても、どういうわけだかすごく冷えるのだ。)。

 

「干からびるよりはマシだから」言い訳をしながら夏を越える。

「凍えるよりはマシだから」言い訳をしながら冬を越える。

 

言い訳をしながら何度か夏や冬を越えてきたけれど、今の配置は体力的にそろそろ辛くなってきた。エアコンの風に吹かれ続けること、それ自体が睡眠における大きなストレスとなっている。

エアコンを使わずに寝るよりはマシなだけで、使って寝ても体力の回復は不十分だ。

 

クローゼットの位置、コンセントの位置などにより、これをここに置くことは出来ない、という制約がある。これをここには置きたくない、みたいなこともある。

エアコンのすぐ真下に背の高いシルバーラックは置きたくない、とか、クローゼットのすぐ側に置くものはキャスター付きの移動が容易なものにしたい、とか。

様々な配置をイメージし、ノートに書き出していく。

 

これなら、というアイデアを一つ思いつく。エアコンの風が直撃しないで寝られて、圧迫感を感じなさそうな配置。

今の配置と同程度の快適さで生活を遅れそうな配置なのだが、なかなか踏み切れない。快適さの中に姿見を置く場所がどうしても確保できないのだ。

 

姿見を使う機会は滅多にない。スーツもネクタイも着用しない生活だし、鏡を見ないと判断できないような私服の組み合わせもしない。

このアウターいつもはジーンズに合わせているけど、チノに変えたらどうだろう?変じゃないかな?

姿見を使う機会はせいぜいそれくらいのものだし、ジャッジをする僕にそもそものセンスがないから使う意味があんまりない。

 

こんまりに相談したらどんなアドバイスをされるだろう。ときめかないなら捨てなさい、だろうか?

 

こんまりさん、どうしたらいいですか?

 

鏡に写った自分の姿を見せてときめかないなら捨ててしまいなさい。

私だったら、捨てるわ。姿見にあなたの全身が写っていてもときめかない…っていうか、辛い。

お金がないとわかっていて財布の中を確認するようなものだもの。

 

ちょっ、こんまりさん…。

 

「こんまり」「片付け」「ときめき」「世界」

薄い情報で生み出した僕の脳内のこんまりはずいぶんと辛口だ。

自称サバサバ系女子なのだろうか?思ったことをなんでも口にしてしまう性格で、男友達が多くて、「私かわいい系の服が着れないんだよね」とか言ってしまうのだろうか。

 

新しい配置案は、問題を解決したうえでかなり快適に過ごすことが出来るはずなのだが、姿見があるとそれをどこに置いても今より不便に仕上がってしまう。

処遇が決められない。本当に悩ましい。

使わない鍋、読み返さない雑誌、食べる予定のないレトルト食品。そういったものとは「どうせ用はない」の種類が違うんだよなぁ。

捨てちゃえば配置換えに踏み切れるのに…。

 

捨てることに踏み切れない気持ちを捨てられないから捨てられない(犬が自分のしっぽを追いかけるようなぐるぐる感)。

 

踏ん切りのつかないままとりあえず姿見を捨ててしまおうか。あればな…と感じるときはあっても買い直すほどの必要性は感じないだろう。あるから使っていただけで、ここ数年で必要な場面に出くわした記憶はない。

金を払ってまで手に入れたいとは思わないようなものだし、捨ててしまおうかな。

たぶんなんの不便もない。

 

よし、決めた。空間としての快適さを選ぶことにする。

エアコンの風直撃の睡眠とはおさらばだ。