いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

春の悩みは花粉以外にも

この春も最大の悩みは花粉症だろう、と思っていた。

今の僕には別れの悲しみがない。新たな出会いへの胸の高鳴りや不安すらもない。

バイトの大学生は入れ替わるけれど、入れ替わったとて、だ。

入れ替わったとて、勝手に仲良くなって勝手に連帯感を強くしていくのは大学生だけだ。その中に僕は加わっていない。

 

大学生と一回りも歳が離れてしまうと、期待の種類が変わってくる。

 

仲良くなれるかな?

 

そういう期待は一切ない。仲を深めたいなんてちっとも思わない。

今の僕が期待をしていることは3つ。

 

急な遊びの予定でドタキャンをしない。

サボるのはやることをやってから。

「バイト先の愉快な仲間たち」に僕を加えようとしない。

 

この3つを守ってもらえたら後はなんだっていい。

特に3つ目、クラスの一軍特有の「あいつ可哀想だから仲間に入れてやろうぜ」の精神を発揮しないでもらえれば、きっと僕たちは上手くやっていける。

 

去年と同様に花粉の悩みは尽きないが、今年の一番の悩みはファッションだ。

花粉よりも悩ましい。

薬を飲んでもマスクをつけてもちっとも軽減されることがないのだ。

言葉の響きだけで言えばお洒落さんの悩みだが、僕の言う「ファッション」はそれとは違う。もっと単純に物欲の話だ。

 

クローゼットの中を見て、「今日はどの服を着て出かけよう」と楽しむのがお洒落さん。

全部の服を引っ張り出して「ときめく服はどれかしら」と悩むのがこんまり初心者。

間男を見つけるのが矢◯の元旦那。

 

お洒落な人は新しく服を買いに行く前にクローゼットの中を確認すると聞く。今のクローゼットに足りないものや買い換えるものを予め把握しておくのだとか。

組み合わせる予定の服を着て出かけるなんてことも聞く。これと組み合わせて素敵だったら買うことにしよう、という考え方らしい。

どうやらお洒落な人には「無駄な買い物をしない」という言葉の中に「衝動買い」とは違う意味合いが含まれているらしい。

僕の中にはまだ芽生えていない意味合い。

無駄かどうかは衝動的かどうかで判断されるのではなく、組み合わせがうまく行くかどうかで判断をされるのだろう。

新しく買ったその服はクローゼット全体のクオリティを底上げする存在なのかどうか。

なんだかチームスポーツみたいだ(昨日見たサッカーとなんとなくリンクする)。

 

僕はまだ足りない1ピースを見つけるような買い方ができない。

わかるけど、言いたいことはわかるけどさ、でも欲しいものを買うのが一番幸せじゃんか、という買い方をしてしまう。

クローゼットのラインナップを完全に無視することはないけれど、組み合わせの候補になりそうなものが一つでもあれば買えてしまう。

たとえ、このチノパンとなら合わせられるよね…くらいの弱さだとしても(着ようとして着ることに疲れ、結局はタンスの肥やしになってしまうというのに)。

 

この春はカバーオールに挑戦するつもりだ。

(目星をつけているブランドの)ラグランスリーブとセットインスリーブのどちらにするかは決めきれていない。試着してピンときたほうにするつもりだ。

悩んで悩んで買うのだから衝動買いではない。

店内で見つけて思わず買っちゃいました、なんて類のものでもない。

 

手元のカーキのチノパンとは合うだろう。

手元の靴とは…。

シャツとは…。

…、…。

 

悩んで悩んで買ったら、確かに衝動買いではない。

衝動買いではないけれど、タンスの肥やしになっていたら「いくら悩んだとて」だ。

全体のクオリティを底上げしないとわかっていて買ってしまうのか?

相手に協調性がないとわかっていて迎え入れるのか?

単なる物欲とクローゼットのラインナップ、どちらをどれくらい尊重したらいいのだろうか。

悩ましい…花粉の方がましなくらいだ。