いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

うっかりに押し付けるでなく

目の前でスープの売り切れを伝えられたラーメンマニアのような表情をしていた。

え、嘘でしょ?もう?

開店前から並んでいたのに?

 

えー、なんですか、それ?

全然わからない。え、なになに?

なんでそんなにニヤニヤしているんですか?

下ネタに対しておとぼけをかますアイドルのような表情ではなかった。

 

予想外のことを言われた人の表情だった。

 

ラジオの深夜放送を聞き終えて、近所のコンビニに向かった。ずっと部屋の中にいたので、気分転換を兼ねて。

いつものようにミックスナッツとカフェラテを購入する。いつもいる接客がとても丁寧なおじさんに会計をしてもらう。

 

接客がとても丁寧なおじさん。どうやら正社員ではないおじさん。深夜に働かせるにはもったいないくらいに接客レベルが高値安定のおじさん。街中で見かけるといつも歩きタバコをしているおじさん。

人間というのは多面的なものだとつくづく思う。街中で見かけるときのおじさんは嫌いだが、接客してくれるときのおじさんは好きだ(いや、その…あれっすよ。告白的なやつではないっすよ)。

 

コーヒーマシンにカップをセットして抽出ボタンを押す。毎回Lサイズを購入するので、Mサイズがどの程度かを知らない。Mサイズでは物足りないはずだ、という思い込みだけでLサイズを買い続けているのだ。

ギュドドドドドと散々機械音が鳴った後、カフェラテの抽出はようやく始まる。

 

僕の背後を通り、イートインスペースに入っていったお客さんがいた。

テーブルの上の椅子を下ろして自分の空間を作り、スマホや雑誌を広げる。環境を整備して、いよいよ食事の準備に取り掛かる。

カップにお湯を注いで待つこと3分、美味しいラーメンが出来上がるはずだった。

 

ここのコンビニのイートインスペースは入り口に面している。3席だけの小さめのスペースだ。

 

「あのー、すみません。イートインスペースは夜間閉鎖しております。利用をご遠慮いただいております。申し訳ございません。」

おじさん店員は丁寧に立ち退きを要求した。

そりゃそうだろ、と思いながら僕は様子を眺める。椅子を(ひっくり返して)テーブルの上にあげているのだし。

 

深夜にイートインを閉鎖することが公式ルールなのか独自ルールなのかはわからない。

どちらだとしても文句はないし、近所に限れば閉鎖している店舗の方が多い。ワンオペの店舗で深夜にイートインスペースに居座られたらたまったもんじゃないと思う。

 

カップにお湯を注いでるんるんだったお客さんはとても驚いていた。

「え、嘘でしょ?」と声に出した。

 

「え、嘘でしょ?」

その台詞を僕も言いたくなったし、おじさん店員は僕よりもさらに言いたかったことだろう。

 

おとぼけではなさそうで怖かった。予想外のことを告げられてショックを受けているように見えて怖かった。

 

どうしてイートインを利用できると思ったのだろう。

入店の時に椅子があげられているのを見ているはずだし、商品をレジに持って行く時に横目で見ているはずだ。

「イートインで食べるつもりで買ったのに…え、嘘?」

椅子があげられているのに気がつかなかった、という言い訳だとしても無理がある。責任を押し付けられたうっかりが可哀想。

 

無理は随分と手前にあったと考えるのが普通だと思うのだが、彼はさらに一歩二歩前へと進んでみせた。

椅子を下ろし(勝手に)、自分の利用するスペースをつくり、環境を整備した。

「イートインで食べるつもりで買ったのに…え、嘘?」

もはや全責任をうっかりに押し付けた言い訳ですらなくなっている。余計に怖い。

 

テーブルの上に椅子があげられていることに何の意味も感じなかったのだろうか?何も考えなかったのだろうか?

何も考えなかったとしても、考えた上で利用していいと判断したとしても怖い。

皮肉なもので、ダメだとわかっていて勝手に椅子を下ろす人の方が、理解できるだけに怖くない。

 

お客さんは駄々をこねず、おじさん店員に食ってかからず、素直に椅子をテーブルの上に戻した。

 

僕はカップにフタをして店を出る。

この後に場が荒れることは予想がつかなかったし、カフェラテを冷ましてまで見たい続きもなかった。

荷物をまとめ始めていたから直ぐに店を出て行っただろう。

 

彼はきっと手のかからないお客さんだ。のんびりとしていたらラーメンが伸びてしまうし、イートインを利用できないことは、本当に予想外の展開だったのだから。