いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

本を読んだくらいで賢くなれますかいな

んなことないぞ。ちょくちょく本を読んでいるからって賢いなんてことはないぞ。

 

バイトの休憩中に本を読んでいると「すごいっすね」と言われる。

会話の中で「それは〇〇じゃない?」って言うと、「やっぱ本読んでると違いますね」と言われる。

本を読むことが、賢さを成長させているかのような言い方をされる。「成長」と表現する人間の賢さなど、いくら褒められたとてたかがしれているのだが。

 

僕は本を読むのが好きだけど、すごく好きとは言えない。

まあ好き。まあまあ好き。

テーブルの上にあったら一応食べるお菓子くらい。

テンション上がってその場で袋を開けようとして「手を洗ってからにしなさい」と怒られるほどの存在ではない。

手を洗って、着替えをして、冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ(開けっ放しで注ぐからいつも怒られる)。それからぬるりと袋に手を伸ばす。

僕にとっての本は、読み出せば好きだけど、読まなきゃ読まないで全然平気な存在。

 

気がつけばスマホ1時間いじってた。これはしょっちゅうある。

気がつけば読書1時間してた。これは滅多にない。

本を読む体力が全然ない。一度に読み進められるのは10ページ程度。時間にして15分から20分。せいぜいそれくらいだ。

 

読めない漢字やわからない表現はぼやっとさせたまま読み進める。

登場人物が多い作品は、主要人物以外ほとんどイメージをつかめていない。

行間を読むって何?

 

最後のどんでん返しが決まった後、主人公の年齢や性別を勘違いしたまま読み進めていたことに気がつく。

そんな経験すらある。

どんでん返しが決まったあとにもう一度ひっくり返される。前提が理解できていなかった故のダブルミステリー。

 

読んでいるだけ。字面を眺めているだけ。

極端な話、絵画や写真を眺めるのと変わらない。本の1ページは、字で埋め尽くされた風景写真のようなものだ。

 

お洒落な服を身につける。

高価なワインを飲む。

大粒のダイヤモンドを身につける。

 

身につけた服がお洒落なだけで、飲んだワインが高価なだけで、ダイヤモンドが大粒だっただけで、それは価値を理解することとイコールではない。

 

プラダを着た(知り合いの社長に買ってもらった)小悪魔ちゃんに、「なんかちょっと下品じゃないですか?」と言ったら、「はぁ?これ、プラダですけど!!!」と言い返されると思う。絶対そう言い返してくるに決まっている。

良いものとされている〇〇をバカにされたときに「これ、〇〇ですけど」と言い返す人は、間違いなくものの良さがわかっていない。

わかっていないから〇〇という象徴的な何かを根拠にするしかない、とも言える。

 

僕は自分が好んで履いているブーツをバカにされた時、「はぁ?これ、ハンドソーンウェルテッド製法ですけど!!!」と言い返すだろう。

ハンドソーンウェルテッド製法とは何か。その程度のことすら曖昧な理解なのに、「なんすか?そのブーツ」と言われたら間違いなくムッとする。

価値がわからないやつは相手にしない。これだからスキニーパンツと白のスニーカーを好む奴は…などと偏見を土台に相手のことを否定しようとするだろう。

 

週2でバッティングセンター、週3でカラオケ、週7で自炊。

自分にとって身近なものになればなるほど実感と結びつけやすくなる。しょっちゅうやったって、毎日やったって、下手なものは下手。

 

本を読むことに対して「すごい」と感じるのは、本を読まないから。

筋トレに対しては「すごい」と感じず、週何回?ベンチプレス何キロ?と聞いてしまうのは、筋トレをしているから。

筋トレをしている人は理解できるはずだ。

ただ重いものを持ち上げるだけでは不十分だということを。

どの筋肉をどのように動かすか意識しながら鍛えないと十分な効果が得られないということを。

 

字で埋め尽くされた風景写真を眺める。

何枚も何枚も眺める。

眺めるほどにそれだけでは不十分だと気がつき始める。

ただ眺めるだけでは理解にちっとも近付けない。