いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

であるきてこうよう

ふわふわ、そわそわ。近所のコーヒーチェーンに行くだけだというのに浮き足立つ。

僕がどんな服装で入店したって、ラテの上にはlikeもloveも描かれない(だいたい葉っぱ)。フルスイングで勘違いを迎えに行っても、崩れたハートと受け取るのが精一杯だ。

 

ジャケットを着たり、コートを着たり。出かけるたびに浮ついた気持ちになる。

まもなく29歳。少し遅れてやってきましたが、私もすっかり背伸びをしたいお年頃になりました。

 

背伸びをしたり、浮ついたり。ほとんど地に足のついていない高揚感を得られる一方で、根深い悩みが一つある。

 

着る機会がない。全然ない。全然全然ない。

バイトの時には(仕事と書かない私のなにがしかのプライド)着ていかないので、ちっとも着る機会がないのだ。

 

バイト先のロッカーが狭いこと(1%)、バイトにジャケットやコートを着て行くのが恥ずかしいこと(75%)、それが私服で一番おしゃれだということ(24%)。

 

バイトの時に着ていかない理由は明確だ。(自分の中で)思いっきりお洒落した服装でバイトに行くのが恥ずかしいから。

僕の場合、普段着にしては良いやつ着ているな、にはならない。なんでお洒落決め込んでバイト来たの?となる。そうに決まっている。

僕とお洒落な人とでは雰囲気が違うのだ。

 

毒舌が許される人と許されない人がいる。同じ毒舌を言っているのに一方は許されて、もう一方は許されない。

 

バイト先にジャケットやコートを着て行くのもこれと同じだ。どちらかに分類をされてしまうのだ。

成立させる何かを持つ者と持たざる者とに。

 

バイト先に着ていけない分、休みの日には必ず着て出かけるようにしているのだが、ぶち当たる壁はあまりにも近い。

ドアの目の前、徒歩0分。内側に引くタイプのドアだから開いたけど、外側に押すタイプのドアだったら壁にぶつかって開かない。ドアチェーンのたわみ具合で壁の近さが窺い知れる。

 

「着て」「出かける」の2番目がとても難しいのだ。予定もなければ行きたいところもない。着るだけ着て、終始腕組み。コンビニじゃ近すぎるし、スーパーではお洒落して高揚感を味わう甲斐がないし…うーむ。

 

ぐるぐるぐるぐる。

答えなんかとっくに決まっている思考停止状態なのに、形ばかりの脳内会議を適度な時間開催しておく。

 

皆さんの会社にもありますよね?

どうせ最後に上司が発する一声で全てが決まるのに、とりあえず資料作って、とりあえずプレゼンをして、とりあえず意見を一人ずつ述べるだけの思考停止会議(あくまでも私の偏見。会社勤めをしたことのない人間の、どこかで見聞きしたイメージの集合体)。

 

出かけるのはいつも通り、隣駅のコーヒーチェーン。ラテの上にちょっとお絵かきをしてくれる(ラテアート?)タイプの少しお洒落なコーヒーショップ。

僕の生活圏でジャケットやコートを着る甲斐があり、オシャレを決め込んでも良い数少ない場所。着て過ごしたい僕と、出かけたい場所のない僕との素敵な落としどころだ。

 

カフェラテを一口飲む。葉っぱの絵は大きく崩れて、なんとなくアートっぽさは上昇する。この店のカフェラテは、温度もミルク感もとても好き。

 

折りたたみのキーボードを開き、日記を書く(パソコン持ってない)。指先が停止するたびにカフェラテを一口飲んで気分転換。

幸か不幸か、冷める前に飲み終わることがほとんど。キーボードの上で軽快さを失っている指先に、感謝するべきやら嘆くべきやら。

 

ジャケットとコートを着て部屋を出て、カフェラテを飲んで帰ってくる。

改めて休日の行動を書き起こすと、虚しいというか悲しいというか、心配させたくないから田舎の両親には内緒にしておこう、くらいに思う。

だけど、出歩いている時の高揚感には嘘がない。着るもの一つでこうも気分は変わるのかと、我がことながらとっても不思議。

 

ユニクロのシームレスダウンで十分じゃん、って毎年と同じ服装で出かけても高揚感は得られない。実際十分だし、どうせカフェラテは美味しいけれど。

 

ブスが生意気言ってんじゃねぇぞ、と強めのツッコミを入れたい気持ちはよくわかりますが、ちょっと待ってみようじゃありませんか(自分を戒めるにはまだ早い)。

 

白Tシャツにジーンズ 。

タンクトップに短パン。

 

重ね着ではなく薄着で考えてみると話は変わる。

 

そのスタイルで堂々と出歩けますか?

その手足の長さで胸を張って出歩けますか?

 

着るもの一つ、ということを重ね着する方向から素っ裸に近づける方向に考えてみると納得がいく。すとん、と腑に落ちる。

 

自分そのものは変わらないけれど、服装を含めた自分を素敵に感じることや自信を持つことはできる。着るもの一つで気分は変わる。

 

今年の冬、重ね着の方向では十分に高揚感を味わっている。来年の夏、薄着の方向ではどうだろう?

 

薄着の方向に行ききった先、素っ裸で味わう気分が高揚ではないことを願う(その格好で出歩くな!癖よ、目覚めるな!)。