いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

彼女達からバッドエンドは遥か遠い

年明けに帰省したときも聞いた。その前に帰省したときも聞いた。

通っているケアサービス(デイサービス?)の話を今回も当然聞いた。

 

 

僕と祖母が会うのは基本年2回。1〜2時間会話をしてお小遣いをもらうまでが1セットだ。

この日に限っては並のキャバ嬢よりも高単価。普段の最低賃金に毛の生えたような時給とは大違いだ。

 

 

30歳にもなって90歳を超えた(有り難いことに健康体)祖母から小遣いをもらうなんて…。

その歳になったら普通は返していく側だろ。

恥ずかしくないのか?

 

どこかから正論が胸を張って近づいてくる。

確かにそうだ。30歳は普通お小遣いを渡す側だ。両親や祖父母、親戚とかとか。渡すべき相手はたくさんいる。

 

 

例えば、重い荷物を持ち上げるとき、棚の上のクッキーの缶を取るとき、僕は両親や祖父母の代わりに動くだろう。

僕のほうが力があり、僕のほうが高いところまで手が届くからだ。

 

例えば、車の運転。免許取得から10年以上運転していない僕と、毎日運転している父と、どちらがハンドルを握るべきだろうか。

 

バッドエンドから遠ざかることができるのはどちらの方だろう。

 

 

僕がお小遣いを渡す方が、渡された側の心は痛む。

僕にお小遣いを貰う方が、僕にお小遣いを渡すよりも心が痛む。

 

ならば僕が引き受けよう。

大きな痛みは僕が引き受けよう。

いい歳をして後期高齢者の祖母からお小遣いをもらうことを引き受けようではないか。

 

そのほうがバッドエンドから遠ざかることが出来るのだから。

 

 

祖母の語るケアサービスの話のレパートリーは基本的には同じだ。

食事の種類が豊富だとか、入浴が気持ちいいとか、体が動かなくなってきたけど頭が呆けてない分まだまし、だとか。

 

同じ話を何度もされることを極端に嫌がる人がいるが、僕はそんなに嫌いじゃない。

僕が祖母の同じ話を聞くことが嫌いでないのは、同じ話をしているのに毎回違うからだ(年に2回だから、ってのもあるけど)。再現性の低さがとても楽しい。

 

 

食事でいえば大枠は今まで通り種類が豊富だという話だったが、今回は情報が更新された。

 

前日の食事の様子を見て「ご飯が食べにくそうだったら翌日は少し柔らかく炊いてくれる」とか、「手を付けてなかったメニューは嫌いだと判断して次回からは他のメニューに変えてもらえる」とか。

個々に合わせた食事が提供してもらえるということが初めて話題に上った。

 

「おやつの時間がある」という話は今回が初めてだし、「クッキーとかケーキとか色々と種類があるけど私はいつもゼリー。」なんて話も当然初耳。

 

「最近始まった」とか、「最近サービスが良くなった」とかじゃない。祖母の口から語られることがなかっただけだ。

 

 

「たまたま今回喋った」という以上のものがない。「たまたま今回喋らなかった」という以上のものもない。

一期一会。いや、ソーシャルゲーム顔負けの無課金ガチャ。なんなら小遣いもらうから報酬付きガチャだ。

 

次に同じ話をされるときにはもう出ないんじゃないか、という項目が出てくると、心の中で小さくガッツポーズをしてしまう。いいもん聞いたぞ!と歓喜してしまう。

 

 

今回聞いた話の中で一番好きだったのは、「呆け」部門の新規項目。

これまでも呆けている人の話はほとんど毎回話題に出てきた。

職員の人が少し目を離すとすぐにふらふらとどこかへ出歩いてしまうとか、同じ事を何度も聞いて来るとか。

 

「あんたお風呂入るの?」

「私これからお風呂入れてもらうから服を脱いでいるんだよ。」

「あぁ、そう。私もこれからお風呂入るの。」

 

「あんたお風呂入るの?」

「そうだよ。あんたもお風呂入るなら服脱がないと。」

「そうねぇ…。私お風呂入るんだけど何したらいいかね?」

「何って、お風呂入るんだから服脱がないといけないじゃない。」

「そうよね。あんたもお風呂?」

 

「本当に呆けの人は何回も同じこと聞いて来るのよ」と定番の項目を笑いながら話す祖母。「呆けの人は呆けの人でテーブルに集まるからね…」

 

来た!新項目!!!

 

A「あんた何歳?」

B「私88歳。」

C「私は92歳。」

A「すごいね、私まだ87歳。」

 

B「あんた何歳?」

C「私?92歳。」

A「すごい。私なんてまだ87歳。」

B「若いね。私88歳。」

 

C「あんた今何歳?」

A「私は87歳。あんたは?」

B「私は88歳。」

C「私は92歳。」

B「92歳?すごいね、私なんてまだ88歳。あんたは?」

A「私は87歳。」

C「あら、あんた若いのね。私なんてもう92歳よ。」

A「そんなになるの?すごいね。あんたは?」

B「私?私は…」

 

 

「あんた今何歳?」の1questionで会話は延々と続いていく。夜通し夢を語ることができる下北沢のバンドマンだって30過ぎれば語り明かせない夜が増えて来るだろうに、90前後の彼女達にはそれがまるでない。

 

なんて平和な世界なんだろう。

同じ話をして嫌な顔をする人が誰もいない世界というのは、なんて平和なのだろう。

彼女達からバッドエンドは遥か遠い。