いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

ふーりんとバッジの傾き

先生、これは酔って覚えていない、ということではないんです。私はお酒が飲めませんのでこれは素面のときの出来事です。

私は妻を愛していますし、独身の頃を含めても交際相手がいるときに別の女性と関係を持ったことはありません。

まして、出会いの場には一切参加していません。

飲みの席に参加するのは職場の新年会くらいですし、それすらも2次会には行きません。

先程から申している通り、こうして弁護士事務所に足を運んだのは不倫をしてしまったからではないのです。「させられたかもしれない」からです。

 

酔った勢いで妻以外の女性と関係を持ってしまった。もし妻にバレたらどうしよう。

離婚を切り出された場合、応じなければならないのか。その場合、慰謝料の支払いをしなければならないのか。

バレたときのことを恐れてわざわざ相談に来る人の多くはその類でしょう。

ですが、私が今日こうして先生のもとへ、弁護士事務所まで足を運んだのは不倫をしてしまったからではないのです。

不倫をさせられたかもしれないからです。

その可能性があるのでこうして足を運んだのです。

 

えーと…そうですよね。よくわからないですよね。

酔って覚えていないけど不倫してしまったかもしれない(目が覚めたら隣には妻以外の女性が…)って話ならまだしも、素面でちゃんと覚えているのに「かもしれない」というのはわかりにくい話ですよね。

順を追って説明をさせていただきます。

 

私と妻は5年前に結婚をしました。お互い28歳の時です。

妻の名前は「かなこ」。

妻には「まなみ」という名前の姉が一人います。年齢は妻と同じで現在33歳。

ええ、まなみとかなこは双子です。まなみが姉で、かなこが妹。見た目がそっくりな一卵性双生児です。

あ、そうです。そうなんです、「マナカナ」みたいなんです。

よかった。先生がマナカナのことをご存知でしたら、ぐっとイメージの共有がしやすくなります。

 

まなみとかなこは見た目が本当によく似ています。正直なことを言えば、私は見た目だけでは目の前の女性がまなみとかなこのどちらなのかを判断することができません。

信じられない話かもしれませんが事実なのです。

まなみとかなこには本家のマナカナのような見分けるためのアイコンがありません。「左目の下にほくろがあるのがカナ」みたいなやつです。

結婚して間もない頃、見分けるポイントはどこなのかを妻の母親に相談をしたことがあります。失礼な質問だと思いましたが、思い切って聞いてみました。

結果は予想外の同意で、彼女も見た目での判断は難しいと言いました。返事の声を聞けば判断できるので、話しかけるときの第一声は必ず「あのさ」にしているそうです。

 

お察しの通りです。

私が不倫させられたかもしれない相手というのは、妻の姉である「まなみ」です。

私はまなみに不倫をさせられてしまったかもしれないのです。

 

ちなみにですが、仮に私がまなみに不倫をさせられてしまったことが事実である場合、私を寝取ったまなみが加害者で、私を寝取られたかなこが被害者、という認識で間違いないでしょうか?

やはりそうなりますか…。

まなみとかなこが姉妹である点で複雑な気持ちにはなりますが、客観的な事実で判断をするならば、そういうことですよね。

加害者はまなみで、場合によっては慰謝料の請求をすることもできる、ということですね。

もちろん心は痛みますが、場合によってはやむを得なし、そう思っています。

実際、妻は夫を寝取られているわけですし、私としても愛する妻以外と関係を結ぶことは望んでいなかったわけですし。

で、その…一般的な慰謝料の相場というのはおいくらでしょうか?

それはもちろん。離婚は望んでいません。私の中では婚姻関係を継続していくことが前提にあります。

えぇ、えぇ、なるほど。

婚姻関係を継続する場合、50~100万円が相場…あ、意外と少ないんですね。100万あればまだしも、50万となると「人の家庭壊したんだからな!」と啖呵を切るには少々物足りない感じがしますね。

あぁそっか、壊れてないからこの程度の慰謝料ってことですもんね。

これって、ベース50万でそっから増額していくのか、ベース100万で減額をしていくのかどっちになるんですかね?

相場の中で悪質だと上限に近づいていく感じ…じゃあプラス査定なければ50万と考えておいたほうが現実的というか、変に期待して落胆することにはならない感じですね。

…はい、えぇ、今回の1回だけです。はい、あぁ、それはもちろん。当然知っていますし、3人で食事をしたことが何度もあるので妹の結婚については知っているけど相手の顔は知らない、なんてことはありえないですね。

私とかなこの関係性を知った上で行為に及んだことは悪質でプラス査定になる、と。なるほど。

70~80万…。季節外れのボーナスと考えれば嬉しい金額ですね。

 

そうでした。「かもしれない」とはどういうことかについての説明がまだでしたね。

私とかなこは結婚して5年、交際期間も含めればすでに7年の歳月を共に過ごしています。

7年もの間生活を共にしていると、大きく波立つことがなくなると言いますか、パターンの定着や刺激の減退と言いますか、要はその…マンネリになってくるんですね。

あっちのほうが、その…はい、そうです。夜の生活のほうがマンネリになってくるんですよ。

それで、その…まあ私の趣味嗜好と言いますか、癖と言いますか、アダルトビデオに好みのシリーズがありまして。隠しておいたのですが、それを妻のかなこがいつの間にか発見をしていたみたいなんです。

好みのシリーズというのはまぁ…あの、要するに「彼女のお姉さんに誘惑される」設定の作品です。

 

ある日の行為のあと、かなこは耳元で囁きました。

「今度お姉ちゃんのふりしてあげよっか」

行為の直後だというのに私の抜け殻には大量の血液が流れ込み、大きく脈打ちました。どうしようもなく精神を揺らし、肉体をも飲み込んでいく。癖というものの恐ろしさをこのとき初めて理解できた気がしました。

 

あの…もしかして、引いていますか?

先程までよりも弁護士バッジの天秤が傾いているような気がするのですが…。

いえ、仕事の方で割り切ってもらえれば、個人的な感情で引かれても大丈夫です。

 

この1年ほど、月に1~2回の頻度で私は「まなみ」のふりをした「かなこ」と関係を持ってきました。

もちろんこれは夫婦間のアブノーマルなのですが、しかし行為のあとにいたずらっぽい笑みを浮かべて「気づいた?」と聞かれるまで、私は目の前の女性が「かなこ」であることに確信を持てていません。もしかしたら本当にそういう間違いが起こってしまったのではないか、と不安を感じ、それを力強い性癖の濁流が飲み込んでいく構図なのです。

これは毎回同じです。

 

「さっきからずっと何言ってんの?そういうプレイなんでしょ?」先生はそうお考えでしょう。前半部分については受け入れますが、後半部分については反論させてください。

そういうプレイだったかどうか、これは「結果論」です。

「結果論」でしかないのです。

 

先程述べたように、外見では二人を見分けることができません。

私は「声」と「いつもの感じ」で目の前の女性が「かなこ」であると判断してきました。

「声」のトーンが少し高いほうが「かなこ」。少し低くてしっとりとしている方が「まなみ」。グラスを持つときに片手で持ち上げて飲むのが「かなこ」で、空いた方の手をグラスに添えて飲むのが「まなみ」。

二人を並べることで、そこに違いを認めることで、私はどちらが「かなこ」でどちらが「まなみ」なのかを判断してきました。

しかし、本当はそれすらもおぼろげなのです。今回の件でそれがはっきりとしました。

かなこをかなこたらしめていたもの。それは、自己申告です。

かなこの自己申告を根拠に私は目の前の女性をかなこだと認識していたのです。

 

以前こんなことがありました。

朝、目を覚ますと隣でかなこが不安そうな顔をしていました。

「どうしたの、何かあった?」

私が質問をするとかなこは答えました。

「私、本当にかなこなのかな?」

言っている意味がわかりませんでした。

「大丈夫、かなこはかなこだよ。」

「そんなのまだわからないよ。まなみに聞いてみないとまだわからない。」

「鏡を見てご覧よ、かなこは間違いなくかなこだからさ」

このとき私はとても重要なことを見落としていました。かなこの言葉を聞いてやっと気がつきました。

「さっき見たよ。だから余計に自信がなくなっちゃったんだよ…。」

 

私が自分と他人を違う人間であると理解できているのは、他人とは見た目が違っているからです。

平時であれば自我を根拠に自分が自分であることを認められるでしょう。しかし、自分はもしかしたら自分ではないかもしれない、そう感じたときに自我は根拠ではなくなります。

例えば酔っ払って帰った次の日の朝、「あれ、ここどこだっけ?」と思ったことのある方は多いと思います。「ん、部屋?いつの間に…」と。

間取りや家具の配置、マグカップの大きさや柄。そういったものを記憶の中のそれらと一致をさせて、この場所が自分の部屋であることを確認します。

自分が自分であることを疑ったときもやることは同じです。

鏡を見て自分が自分であることを確認するのです。目の位置や口の大きさ、鼻の高さ。そういったものが記憶の中のものと一致して初めて「よかった、自分はやっぱり自分だった。」と安心することができるのです。

一致してさえいればいいのです。

自分と全く同じ顔の他人に出会ったことがありませんから。

 

鏡に映る顔と全く同じ顔の他人に心当たりがあるとき、自分が自分であることを証明するものは何かわかりますか?

それは全く同じ顔の姉に「あなたはまなみですか?」と質問をすることです。その質問に対する回答をもらうことで初めて自分が何者であるかが証明されます。

そう、つまりは消去法なのです。

「はい、私はあなたの姉のまなみです」その答えをもらって初めてかなこがかなこであることは証明されます。

 

すみません、だいぶ話が逸れてしまいました。

要するにですね、全く同じ顔の二人を見分けることなどできない、ということなんです。当の本人だって不意に自我が根拠として機能しなくなったとき、鏡に映る自分の顔を見て途方にくれてしまうのですから。

私にとってはかなこのふりをしたかなこは「かなこ」で、まなみのふりをしたかなこは「まなみ」なのです。

かなこの自己申告以外に根拠にできるものがわたしにはありませんから。

 

これまでの疑似不倫は、行為のあとにかなこが「気づいた?」とネタバラシをすることによって結果的に夫婦間のアブノーマルなプレイであることが証明されてきました。

かなこによる「私はかなこですよ」という自己申告があって初めて法律的に問題のない行為になるのです。

あれ?さっきよりも弁護士バッジの天秤が傾いてませんか?

まぁとにかく、法が裁くに値しないエリアで我々夫婦はアブノーマルを行っているのです。

 

それでですよ、先生。

もし、行為のあとに決まりごととしてのネタバラシがなかったら、これはどちらだと思いますか?

まなみのふりをしたかなこがネタバラシを忘れただけでしょうか?

もし、行為の最中に「妹にバレたらどうする?」と聞かれたらどう思いますか?

「妹ともこういうことしているの?」そう聞かれたらどう思いますか?

「もっと触って、私のほうが妹よりおっぱい大きいよ」そう言われたらどう思いますか?

かなこが夫婦間のアブノーマルに誘惑のアレンジを加えたと考えると、少々台詞回しがくどいと思います。妻のお姉さんという設定を際立たせようとして「妹」という言葉を乱用する感じが少し萎えるというか。たまにこういうAVありますよね。言葉だけで設定を際立たせようとしてむしろ興奮できなくなる作品。

おっ、弁護士バッジの天秤が真っ直ぐ釣り合いましたね…。ということは、これに関しては同意…ということで。

 

ここからなんですが、先生、これがかなこによる誘惑アレンジの追加ではなくて、まなみによる一夜の過ちだったと考えてみるとどうでしょう。

くどいくらいに「妹」という言葉を使うことで、まなみは自分自身を興奮の渦に巻き込んでいった。そう考えることが出来るのではないでしょうか?

「まなみのふりをしたかなこが誘惑アレンジを加え、行為のあとのネタバラシを忘れてしまった。」そう考えるよりも、かなこの姉であるまなみに私が寝取られた、つまりは不倫をさせられた、そう考えるほうが自然なのではないでしょうか?

 

かなこにはまだ何も話してはいません。不倫させられた事実はもちろん、こうして弁護士事務所を訪ねることも、慰謝料のことも。

タイミングを見計らって近いうちにかなこに相談をしてみようと思います。

まなみとかなこの関係が悪化しなければ慰謝料を請求するつもりです。私としてはかなこが側にいてくれればそれで十分ですし、かなこが側にいてくれるということはまなみも側にいるようなものですし。

こう言ってはなんですが、個人的には結婚祝いとか新築祝いとかと同じ贈与の一つくらいにしか感じておりませんし。

かなこの天秤が「臨時収入」と「家族関係」のどちらに傾くかで最終的な判断を下したいと、そう考えております。

それでは後日改めてご相談をさせていただきます。臨時収入を少しでも増やせるようにお力添えをしていただけましたら幸いです。

 

(暗転)

 

お久しぶりです。

前回お話させていただいた件についてかなこに相談をしました。

不倫をさせられてしまったかもしれないこと。相手が姉のまなみであったこと。その根拠。

慰謝料を請求した場合、どれくらいの金額をもらえそうか。

それらのことについてきちんと説明しました。

かなこはなんて言ったと思います?

「ひどい」ですよ、「ひどい」。たったそれだけです。

でもまぁ、実の姉が自分の夫を寝取ったと聞かされればショックのあまり言葉が出てこないのでしょう。純粋な怒りとはまた違った姉妹故の複雑な感情になっていたのでしょう。

やっと絞り出した次の言葉は「そんな人だとは思わなかった」でした。

 

「ひどい」「そんな人だとは思わなかった」信じられない話ではありますが、そう言われていたのは私の方でした。

かなこは翌朝には姿を消していました。リビングのテーブルの上には書き置きがあり、結婚生活を継続するのは困難だという旨が書かれていました。そして3日後、記入済みの離婚届が郵送されてきました。

 

先生、かなこの主張は法律的に認められるものでしょうか?離婚を成立させる理由として十分なものでしょうか?

もしも、もしもですよ、あくまでも仮の話ですけど、かなこの決意が固く離婚を受け入れざるを得なくなった場合、私はまなみを訴えます。

そうなったら仕方がないので取れるだけ取ってやろうと思いますけど、この場合、家庭を壊された分慰謝料は高額になりますよね?

ちょっ、先生胸元の弁護士バッジの天秤が大きく傾いているじゃないですか。

もしかして引いていますか?