いわにし日記

「いわにし」の取るに足らない日常や思いつき

愛遅パンバス

2025年、大阪万博の開催が決定した。

2025年…果てしなく遠い未来に感じてしまう。VRゴーグルを貸し出しすれば、会場に何一つ展示が必要ない時代になっているだろうけど、そういうこっちゃないから開催をするし、誘致を目指すのだろう。

 

東京五輪の開催が決定した時、2020年なんて一生来ない、くらいに遠く感じていた。だけど今は、来るかもしれないと思っている。あるぞ、19年の後に20年あるぞ、って。

 

大阪万博もきっとそういう感じなのだろう。果てしなく遠く感じていたものが、いつの間にやら来てもおかしくない距離まで近づいているのだろう。

 

その日は、帰りのバスに乗り込むまでずっと雨が降っていた。本降りの雨ではなかったが、傘なしで過ごすには濡れすぎてしまう降りかただった。

いつの間にやら距離がつかめないほどに遠ざかっている。愛知万博の思い出は遥か遠い。

 

高校1年生のときの遠足が愛知万博だった。滞在時間と往復の乗車時間が釣り合うようなスケジュール。

5時間くらいの滞在だったと思うのだが、冷凍マンモスくらいしか記憶に残っていない。

 

記憶に残っていると言っても、こんなに並んだのに止まって眺めることはできないの?という不満を抱いたことだけが鮮明で、肝心の冷凍マンモスについてはあまり覚えていない。

頭だけだったような、全身だったような。でも頭しか記憶に残っていないんだよな…。

 

覚えているけど鮮明に思い出せないのが冷凍マンモス。覚えていないし思い出せないのが他の展示物。

そして、覚えているし鮮明に思い出せるもの。色褪せることのない思い出がひとつだけ。

 

焼きたてのメロンパンがものすごく美味しい。並んででも買う価値がある。

どこからかそんな情報が流れて来た。僕には流れて来なかったので(いつも通りのこと)、一緒に行動していた誰かが別行動の友達から教えてもらったのだろう。

帰りのバスの集合時間まで30分を切っているタイミングで届いた有益な情報。

 

売り場に向かい、購入し、バスに戻る。

たかがスリーステップ。されどスリーステップ。会場内はとても混雑をしていたし、みんなが傘をさしている状況なので、移動にはものすごく時間がかかる。

 

たかがメロンパン。されどメロンパン。

しかも焼きたて。

 

今となっては、情報提供者がたまたま焼きたてのタイミングで買っただけだと気がつくのだが、食べ盛りの高校生には気がつかない。

 

「冷凍」マンモス。

「焼きたて」メロンパン。

 

いつ買いに行っても焼きたてが提供されると勘違いをするには十分すぎるフリがあった。

いつ見に行っても冷凍のマンモスがあるなら、焼きたてのメロンパンは当然ある。珍しいのはどちらかなんて考えるまでもない。

 

純粋な欲望は、少年・少女を正しい道から逸れさせる。守るべきものを守らない彼らには相応の制裁が加えられる。

 

集合時間から遅れること10分、僕はやっとクラスのバスの前にたどり着いた。

出入り口のドアはバスの前方にあり、ドアの前には門番がいた。傘を持つ指先に力が入る。

 

門番は僕の侵入を許さない。部外者の侵入を許さないのは門番の仕事だが、僕は関係者だ。あなたが受け持っているクラスの生徒だ。

そんなに怖い顔をして通せんぼしなくたっていいじゃないか!

 

目の前の門番(担任)は、タウンワークに募集が出ている看守の仕事には必要のない迫力を携えていた。教職に就く者にとっては必要な迫力かもしれないが、自分の見てくれを考えてほしい。

 

スキンヘッドにゴリゴリの筋肉。そして浅黒い肌。

 

在籍している他の体育教師と比べても群を抜いていかつい見た目をしているのに、この雨の中傘もささずに仁王立ち。星一徹の方がマイルドな表情をしているだなんて、教育者としてそんなことあってはならない(マジで勘弁してください)。

 

昨今のニュースを見ていると、謝るなら最初だな、とつくづく思う。最初に言い訳したりしらを切ったりすると、何もかもを正直に話したとしても完全に手遅れになる。

後出しの正直さに許しは与えられない。

素直にごめんなさいって言えたのは、一体いつまでだろう?

 

言い訳をせず、素直に全てを答えていった(聞かれたことについてだけ)。

 

なんで遅れたんだ?

 

メロンパンを買いに行ってました(焼きたての、とは言わないあたりが思春期のプライド)。

 

集合時間知っているよな?

 

はい。

 

集合時間に遅れているよな。

 

はい。

 

よくないことだよな?

 

はい。

 

悪いことだよな?

 

はい。

 

お前、面白いやつだな。

 

はい?そうですか?

 

一瞬途絶えた通信が復旧したとき、自分の意思とは関係なく右を向いていた。力が入っていた指先から傘は離れ、宙を舞っている。

 

舞った傘が地面に落ちるまでを僕は目で追った。スローモーションで見えたその放物線はちっとも栄光へは続いておらず、びしょ濡れのアスファルトの上にバランスを崩して着地した。

 

もういい、早く乗れ。

門番(担任)に促される。

 

門番の怖い顔、途絶えた通信、右を向く僕、宙を舞う傘、門番の一区切りつけた感。

あぁそうか、平手打ちされたのか…。

 

辻と妻が合い状況が理解できるとあら不思議、見えてなかった門番が振り抜く右手が見えてくる。全く見えていなかったから気がつけば右を見ている状態だったのに、グローブで殴られたかと思った(外野手用)という感想が実感を伴って湧き上がる。

記憶ってものの不確かさ、御都合主義感。

 

あれから10年以上の歳月が流れている。小さな恨みを根深く根深く、一生許さないからな、と思う僕ではあるが、この先生のことは許している(許しているというか100%僕が悪い案件)。

門番は、在学中に実感できるくらいの本当に良い先生だった(この記憶は不確かではない)。