豚野郎、サラダチキン、コールスローサラダ、チョコクロワッサン、堅揚げポテト、ミックスナッツ、ジャイアントコーン、スーパーカップ。
買い物かごの中にはたくさんの商品が入っている。
たくさんの炭水化物、たくさんの糖質・脂質。
部屋を出たのは空腹を確認してからだ。お腹の鳴る音を何度も聞いてからコンビニに向かう。
売り場に豚野郎(ラーメン)を見つけたことでその日の方向性は決まった。
今日はたくさん食べよう。
あれもこれもと、買い物かごに入れていく。
最初にハイカロリーの商品をかごに入れたことで、自分の中でリミッターが外れてしまった。
カロリーも金額も気にせずに食べたいと思ったものを買い物かごに入れていく。
気持ちがいい。
まだ会計を済ませていないし、まだ一口も食べていないけれど、とても。
これだけの商品を自分が選択可能であるということ、購入できるということに気分が高揚していく。
売り場をぐるっと一周して最後にアイスケースの前で立ち止まる。
ジャイアントコーンとスーパーカップをかごに入れ、チョコモナカジャンボに手を伸ばそうとしたときに、自分の中を駆け巡るものがあった。
「卑しい」
チョコモナカジャンボに向かっていた手を寸前で引っ込める。
自分は今とても卑しいことをしている、と思った。
自分は本当に空腹だったのだろうか?
空腹を感じたことは嘘ではないけれど(実際にお腹は何度も鳴っている)、「本当に空腹だったのか?」とベテラン刑事に問い詰められたときに「本当に空腹だった」と言い切ることができない。
「本当に空腹でした」と言い切れるのは最初だけで、ベテラン刑事の視線が鋭くなるほどに、言い方は曖昧さを含んだものへと変化していく(ちっとも目を逸してくれないのだもの)。「本当に空腹だったと思います…たぶん。」
なんだろう、出勤前にスマホの電池残量43%みたいな状態だ。
「しまった、充電するの忘れてた」と焦る気持ちの強さのわりには、実際それだけの残量があれば仕事から帰ってくるまでに充電が切れることは滅多にない。
店内には僕の他に客は一人。会計を終えてコーヒーマシンの前で抽出が終わるのを待っている。
店員の目は僕を捉えている。
正直なことをいえばすべての商品を棚に戻して帰りたかった。何もいらない。何も食べたくない。
2000円程の支払いを済ませて店を出る。何一つ棚に戻すことができず、そのままレジに持っていった。
アパートに戻り、テーブルの上に袋の中の商品を広げていく。
気が進まなかったが賞味期限が近いものだけは食べることにした。
コールスローサラダ、チョコクロワッサン、豚野郎。
3つの商品を前にした僕にベテラン刑事が語りかけてくる。「お前本当は空腹じゃないんだよ。食べておかなくちゃと思っているだけ。一応とか念の為、とかさ。その程度の空腹でしかなかったんじゃないの?」
腹が鳴っていること、それだけが自分の感じている空腹の根拠だったのかもしれない。
腹は鳴っているけれど本当は空腹ではないかもしれないと考えたとき、今の状態を空腹と考えるほうが嘘くさく感じられた。
スマホの電池残量43%は「本当に」充電が必要な状態とはいえない。この状態で行う充電は「一応」とか「念の為」とかだ。
卑しさに気が付かなければ気分よく食べることができただろう。
自分は今本当に空腹を感じていて、それを解消するための商品がテーブルの上に並んでいる。そう考えることができていたらとても幸せな気持ちになれていただろう。
レンジのドアを開けて丼を取り出し、ビニールを剥がして蓋を外す。麺と具とスープをよくかき混ぜてから一口、二口。
沈んだ気持ちで食べても豚野郎は美味しかった。
本当の意味では空腹でないと理解した上で食べても美味しかった。
だから痩せていかないんだろうな、と思った。必要でなくても美味しければ食べてしまう。
スープまで飲み干しきれいに完食をした。
丼の影から姿を見せた唇は油でギラつき、口元は少し緩んでいたことだろう。